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響く  作者: 綾瀬タカ
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卒業式のあとに

「それで私は、音楽学校に入学しました」

 初めこそつっかえていたものの、そのあとは流れ落ちる滝のように、言葉が出てくる。

 一息入れましょうか、と言って岬さんはキッチンに立った。

 私は、わたしの上の時計を見た。ちょうど午後2時を過ぎたところだった。


 岬さんの入れてくれた冷たいミルクティーを、私はごくごく飲んだ。

 甘すぎるくらいのミルクティーが、カラカラに渇いてしまった喉を冷たく潤していく。


 過去の重みを吐き出すたびに、声が嗄れていくみたいだった。

 

 結末を話す前に、私はとうとう声を失ってしまうんじゃないか。

 そうなったら、結末は分からないまま、一生誰かに話すこともないのだろう。


 なんてことを考えてみては、もうそんなことも言ってられないところまできてしまっているのに、と思う。

 今こうやって岬さんに話しているのは、紛れもなく、私の意志だった。

 決して岬さんに追い詰められたからではない。たとえきっかけがそうであったとしても、私は自分が話したくて、そうしているのだ。

 もうあと少しで、すべては語り尽くされる。

 そのあとには何が待っているのか、私は知りたかった。


 岬さんは何も話さなかった。

 カラン、と氷がぶつかり合う音だけが響いて、まるでそこだけが切り離された部屋みたいに、お互いの気持ちさえ感じ取ることのできるような、透き通った空間だった。

 私は岬さんを見た。

 岬さんが、私を見た。


「次を、話しますよ」

「どうぞ」


 と、お互いの心の中を読み取って、私は再び話し始めた。



 *  *  *



 4年生になって、私は3度目の、生徒代表に選ばれた。


 ついに3度目。これで絶対、私で決まりだ。


 と、心の中で何度も喜んだ。


 陽路くんの掲げた4か条を、私はやり遂げることができた。

 

 新入生のときは面接と実技の結果で学年首席になった。3年連続で、生徒代表の演奏者にも選ばれた。授業は相変わらずサボる日々だけれど、学校を休んだことは一度もない。先生のお気に入りになることだけれど、成沢先生は私の味方になってくれるだろう。そのために、ちゃんと媚も売っておいた。

 

 私の努力は実り、学長から「世界コンクール日本代表予選会」の推薦をありがたく受けることとなった。

 それを聞いたのは、卒業の前日だったと思う。

「成沢先生はもちろん、宇津井先生からもお墨付きが出ている。授業をよく遅刻していたという点もあるが、それでも君を推薦する価値はある」

 と学長は言った。

 あのカマキリ女が私を褒めてくれたなんて、と私はとても驚いていた。

 卒業式でも「浅羽さんは本当にサボってばかりで、私も大変だったわ」なんて言っていたほどなのに。


 とりあえず私は、やっと夢への切符を手にすることができた。


 そして絶好調の私に、日本代表になるのは簡単なことだった。




 

「ノンさんがいなくなったら、寂しくなるな」

 卒業式のあと、私はお世話になった中庭の、桜の木の下にいた。

 すると背後から声が聞こえて、振り向くとそこには洸がいた。


 洸。

 

 彼はあの初めての出会いから、よく中庭に来るようになった。

 それも、授業中。私がサボっているときに。

「また来たの? 1年生が授業サボっちゃダメだって、昨日言ったばかりでしょ」

 洸は私が寝転んでいると、また「浅羽さん」と呼びかけた。

 昨日と同じ、彼の後ろには桜の花が舞っていて、桜の精霊のようだった。

「いいの。俺はもともと落ちこぼれだから、これ以上悪くなんないよ」

「落ちこぼれなら練習しないと上手くならないでしょ」

「じゃあ浅羽さんが教えてよ」

「なんでよ。私なんかより先生の指導受けたら?」

 そう言うと、彼は笑い出した。

「なに笑ってるの」

「だって浅羽さん、先生のこと信用してないでしょ。そんな人に教われっていうの、ヘンじゃない?」

 どきっとした。

 黙り込んで、それ以上何も言えないでいると、彼は笑ったまま、言った。


「浅羽さんって、望って名前だよね。じゃあこれから『ノンさん』って呼ぶことにしよーっと」

 彼は立ち上がり、「じゃあ今日はおとなしく授業に出ようかな。ノンさんも、ほら、先生が来たよ」と、校舎のほうへ歩いていった。

 途中、カマキリ女とすれ違いざまに怒られて、それをまたうまく交わしながら。

 

 

 最初に私のことを「ノンさん」と呼んだのは、そういえば、洸だった。

 

 そしてそう呼ぶのは、洸と、岬さんだけだった。





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