表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
響く  作者: 綾瀬タカ
33/52

あの高さまで

 まず、音楽学校に入ることから、始まる。


 1、面接のとき、どんな形でもいいから、自分を印象づけておくこと。

   それに実技での評価を合わせたら、みんな「浅羽望」の名前を覚えるだろうから。

 2、毎年、入学式での生徒代表演奏者に選ばれること。

 3、最低でも1人の先生のお気に入りになっておくこと。

 4、学校に毎日まじめに通うこと。


 これが陽路くんによる、世界コンクールまでの近道だった。



 *  *  *



 世界コンクールの余韻は真夏の暑さで勢いがついたように、日本のマスコミはしばらく陽路くんを離してはくれなかった。

 演奏会やソロコンサート、オーケストラのピアノ伴奏。テレビや雑誌で、陽路くんの姿を確認する日々が続いた。

 

 秋になって、ようやく木枯らしが陽路くんを助けてくれた。まるで冬眠の準備に入りだしたように、陽路くんを取り巻いていたものたちは静かに去っていった。

 そして私は1か月振りに、彼と再会することができた。

「ねぇ、陽路くん。私もあの舞台に立ちたいんだけど」

 指ならしの練習曲を弾きながら、私は言った。

「世界コンクール? なに、やっとやる気になった?」

 と、彼は嬉しそうに笑った。


 小学2年生のころから出場していた、全日本ジュニアコンクール。

 中学生になって、私はぱったりと、そこから姿を消した。

 陽路くんはもったいない、と嘆き、何度も出るように言った。

「優勝したら、なにか賞品がもらえるかもしれないよ」とまで言った。

「ものになんか、つられないよ」

 私は「いらないもん」の、一点張りだった。


 そう、いらないのだ。

 コンクールでは、小学生の部と中高生の部に分けられる。

 私が中学2年までは、陽路くんも高校生。彼と競うなんて、私にはできなかった。

 それに、どんなに頑張っても私は陽路くんの音には敵わない、ということはよく分かっていた。

 仮に出場したとしても、私は大差の敗北を味わうほかない。

 到底、彼には追いつけやしないんだ、と。

 そんな悲しみは、いらない。

 

 それに、私が高校生になると、陽路くんはジュニアに出場できなくなる。

 彼は大人たちの、全日本コンクールのほうへいってしまう。

 矛盾しているけれど、だけど私は、彼のいないコンクールでの優勝なんて、いらなかった。


 

 でも、世界コンクールは違う。

 私にだって、遠い、遠い、あの高さまで、行けるのだ。

 それこそ、ウィーンまでの距離と同じくらい遠いところに。

 今までの敗北感や諦めすべて飛び越えて。


 ついにそこまでたどり着けたら、私は彼に伝えることができる。


 ずっと行きたくて、行けなかった。

 言いたくても、言えなかった。

 ううん、もし言ったとしても、聞こえていなかっただろうね。

 私はここにいるよ。あなたのすぐ隣に。

 本当は昔からずっと、そこに、いたかった。

 これからもずっと、そこに、いたい。




「世界コンクールに出場するには、まず日本代表にならないと」

「うん。だから、私も行こうと思ってるの」

 そのとき私は高校3年生だった。

 春の進路指導では「未定」だった卒業後が、決まった。

「お父さん、お母さん。私、音楽学校に行きます。陽路くんも通っていた、日本最高の音楽学校へ」


 これが、私の最後のおねだりだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ