夏の終わり
今回はこれからの物語へのプロローグみたいな感じになってます。
第5話の「演奏」とつながってる部分があるので、初めに第5話の最後を読んでから見てもらうと分かりやすいかもしれません。
その日の晩、体がどっと疲れを抱いているのを確かに感じているのに、ちっとも眠ることができなかった。
何度か意識が消えていっても、夢の中で過去に弄ばれて、結局目を覚ました。
次の日にとうとう精神が疲れきって、死んだように眠った。
そして、夢を見た。
夢の中で、私は誰かと笑っていた。“誰か”の顔は見えない。けれどそのひとの隣で、私は笑っていた。
それは、姉かもしれないし陽路くんかもしれないし、岬さんかもしれない。
もしくはそれ以外の・・・・・・。
何もかもをひとりで抱えてきた私が、初めて誰かと心から楽しく笑っていた。
そんな、まだ見たことのない自分の姿を、私は夢の中で見ていた。
二度と、そんな姿を見ることができないからなのか。
それとも、そんな風に誰かと笑える未来を、暗示しているのだろうか。
窓を開けると、晴れの天気の割に涼しい風が入り込んでくる。
真夏日と呼べる日はいつの間にか通り過ぎ、空の奥では、そろそろ寒さの身支度を整えているようだった。
家に閉じこもるようになって2度目の夏が、終わろうとしている。
私はピアノの上のヒマワリを見た。
夏が終われば、ヒマワリも終わってしまうのだろうか。
夏の間ずっと部屋に咲き続けたヒマワリは、秋にはコスモスやキンモクセイへと変わっていくのだろう。
傾いていく陽が、やけに赤く、燃えていた。
前に見た、岬さんを照らした陽の色と同じだった。
そして。
前に見た、あの絶望の日の燃え方と、よく似ていた。
目に飛び込んでくるのは、真っ赤に燃えている“なにか”だった。
私はそれが何なのかを確かめるために、一歩前に出た。
けれど、姉が私の腕を掴んで、止められてしまった。
姉の隣にはあのひとがいて、彼の背中には“なにか”があった。
“なにか”は多くの光に照らされていて、あのひとも照らされていた。
私には彼の姿が眩しく、真っ赤に燃えているように見えた。
すべてが燃え尽きて、私はやっと、“なにか”の正体が分かった。
それは、飛行機と、何人もの人間だった。
* * *
「今日で夏の暑さは終わり、明日からは過ごしやすい気温になるでしょう」
アナウンサーが言ったのが本当なら、今日は夏の日の終わりになる。
そんな日にかぎって、絶望というのは訪れるものなのだ。
1年前、夏の日が始まると言ったばかりのころに、絶望に堕とされたときのように。
そんな私の予想を、見事に的中させてくれた2人。
姉と陽路くんが、2人そろってやって来た。