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響く  作者: 綾瀬タカ
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憎しみ

タイトル通り、少し暗い話になってます。

避けては通れない、ということで

 5歳年上の陽路くんは、私がピアノの先生に招いたとき、小学3年生だった。

 彼はそのころの私くらいの歳にはすでにピアノの教室に通っていた。

 そして教室で自分が習ってきたものすべて、私に与えてくれた。

 時には、彼自身のピアノへの考え方なんかも教えてくれた。


 私の部屋にピアノが来た日。

「ノンちゃん、このピアノになまえをつけてあげよう」

「なまえ?」

「うん。なまえでよんであげたほうが、ピアノもうれしいよ」

「ひろくんはなんてよんでたの?」

「ないしょだよ。ぼくだけのなまえがあるんだ。だからノンちゃんも、じぶんだけのなまえをつけてあげて」

「うん、わかった」

 私はピアノの下にもぐりこんで、ちょうどお腹あたりの木の板のところに、「ひろ」と黒のマジックで名前を書いた。

 それは漢字が書けなかったのではなく、陽路くんとは違った存在にしたい、と思う気持ちから、平仮名で書いたのだ。


 思えばそれは、未来への予言でもあったのかもしれない。


 たとえ陽路くんが私から離れていっても、「ひろ」だけは永遠に私のそばにいるように。



 *  *  *



 姉が来た日、私はピアノを弾いてみせた。

 ジュニアコンクールなどで賞をいくつかもらったことのある私は、得意げにそれを弾いた。

 姉はとても喜んでいて、私もそれが嬉しかった。

 

 嬉しくて、やってはいけないことを、やってしまった。


「わたしのピアノの先生はね、となりのおうちに住んでるの。あっほら、あれが陽路くんだよ」

 と言って部屋の窓から、ちょうど家に帰ってきたばかりの陽路くんを呼んだのだ。


 それがまさか、2人の恋に落ちる瞬間だとは、当然知る由もなく。


 私はただ、喜んでもらったことが嬉しくて、ピアノを教えてくれた彼を自慢したかっただけだったのに。




 


 時が経っても、相変わらず姉は“いい子”だった。

 私は、“何でもなかった”。

 人より劣ってなんかいない。勉強だってスポーツだって、出来はいいほうだった。

 だけど、姉にはなにもかも、敵わなかった。


 こんなことを言われたことがある。

 それは、姉が初めて親戚と顔を合わせたとき、

「へぇ、叶ちゃんていうの。下の子が望だっけ? 『叶う』と『望む』なんて、素敵ね」


 “望みを叶える”


 そう、私はいつも望んでばかりで、だけど叶えるのはいつも姉なのだ。

 私の望むものすべて、姉に盗られてしまう。

 私たちにぴったりの名前。


 

 4人家族になってから。


 旅行が増えた。

 家族愛が増えた。

 一家だんらんが増えた。


 私を呼ぶ両親の声が減った。

 私への愛情が減った。

 私の笑顔が減った。


 そして、憎しみが増えた。


 

 嫉妬と憧れは紙一重だ。

 羨ましい気持ちはどちらにでも変化する。

 けれど、私の中に生まれた気持ちは、決してきれいで純粋な羨望なんかじゃなかった。


「どうしてお姉ちゃんなの」

「血がつながっているのは私なのに」

「お姉ちゃんなんか、本当の娘じゃないのに」

「私だって頑張ってるのに、ちっとも見てくれない」

「なんで、あそこにいるのは私じゃないの」


 こみ上げてくる気持ちをなんとか押さえ込みながら姉を見ると、彼女は私の視線に気づいて、笑顔で手を振ってくる。

 その瞬間、心の中には汚い思いが溢れて、もう、止められない。


「お姉ちゃんなんか、いなくなればいいのに」




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