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響く  作者: 綾瀬タカ
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たからもの

今回からまた回想になります

 心が、解き放たれる。


「施設からの、もらわれっ子なんです。姉は」



 *  *  *



 姉が来た日のことは、よく覚えている。

 私は小学3年生で、3つ上の姉は小学6年生。

「今日から望のおねえちゃんになる、叶ちゃんよ」

 と紹介された姉は、今日から親になった両親にもまだ懐いているはずがなくて、家に入るときも相当ためらっていた。

 こんなときは大人よりも、子供同士のほうが理解し合えるものだった。

「よろしくね、お姉ちゃん」

 と私が言うと、姉はびくびくしていた仮面を脱いで、にっこりと笑った。

 いったん私を「妹」だと認識してからは、義理の両親を「親」だと思うのも簡単だったようで、姉はすぐ「お父さん、お母さん」と呼ぶようになった。


 私はそのときのことを、鮮明に覚えている。

 日にちや時間、姉の着ていた服の色まで、何もかも覚えている。


 なぜなら、それまで私を溺愛していたはずの両親が、姉を連れてきたとたん、血がつながっていない、いわば「赤の他人」の姉を、溺愛するようになったから。


 


 

 姉は迷惑をかけないように、自分を引き取ってくれた両親のために、必死に“いい子”になった。

 勉強は学年トップ。スポーツはあまり得意ではなかったけれど、そのかわりに生徒会長などに進んで立候補していた。

 そんな姉が、両親は愛しかった。


 姉は両親のために頑張ったけれど、じゃあ、快く“妹”になった私のために、何をしてくれたのだろう。

 

 姉が私のためにしてくれたことといえば、“自慢の姉になること”だったんだと思う。

 けれど、そんなものいらなかった。

 私のために何かをしてくれるというなら、“出来の悪い姉”になってくれたら。

 そしたら、お姉ちゃんのこと、大好きになるのに。


 そんな澱んだ感情を、私は小学4年生になるころにはすでに持て余していて、それを発散するのが、ピアノだった。


 そのころ私にはピアノしかなくて、同じようにピアノにも、私しかいなかった。



 *  *  *



 私には生まれたときから「自分の部屋」というものがあって、初めてそこが「自分のもの」だと分かったのは、3歳のときだった。

「ここが望の部屋よ」

 と母に連れられたのは、幼い私には大きすぎる12帖の部屋だった。

 だからといって、まだ3歳の私にはそこでひとり過ごすこともできずに、いつだって両親の部屋にいたものだったけれど、寝るときだけはそこへ行っていたのだった。

 豆電球の明かりだけでストンと眠りに落ちることができたのは、その部屋が「自分のもの」だという安心感があったからなのかもしれない。

 

 その部屋にグランドピアノがやって来たのは、それからすぐのことだった。

「ピアノが弾きたい」

 と私が言ったのは、その2日前のこと。

 隣の家から聞こえてくるきれいな音色に私は心を奪われ、とうとう自分もやりたいと思うほどになったのだ。

 その隣の家は音楽一家だった。

 おじさんは調律師で、おばさんはバイオリニスト。2人ともその業界では有名な人たちだったらしい。

 そして、そのひとり息子の陽路くんが、ピアノを習っていた。

 私たちは家族ぐるみで仲が良くて、陽路くんの両親が仕事で忙しいときなんかは家で一緒に遊んでいたのだった。

 その逆に、私が陽路くんの家に遊びに行くこともあって、そのとき彼はよく、ピアノを弾いていた。

「ひろくん、ピアノすき?」

「うん。これはぼくのたからものなんだ」

「のぞみもやりたいな」

「ノンちゃんがピアノをかったら、ぼくがおしえてあげようか」

「ほんと?」

「うん、ほんと」

「やくそくね」

「うん、やくそくだよ」

 と言って交わしたゆびきりげんまんを、私はさっそくその日に実行したのだった。

 

 私の部屋に置かれたグランドピアノは、陽路くんの使っていたものだ。

 私がピアノが欲しい、と言ったのを受けて、両親は初めてのおねだりに、嬉しそうに隣の家に行った。

「望にピアノを買ってあげたいんですけど、どんなのがいいのかしら?」

 するとおじさんが言った。

「陽路のおさがりで良かったら、もらってくれないかな。うちにも新しいピアノが来るんだけど、それは望ちゃんには大きすぎるから」


 そうして陽路くんのものは、私のものになった。

 私がすごくはしゃいでいたのは、念願のピアノを手にしたことの喜びではなかった。

 それが、2人のたからものになったからだった。


 2人の、2人だけの。




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