姉妹
「おはよう」
と、少し気まずそうに入ってきた姉は、ほとんど下着姿の私と上半身裸でベッドにいた岬さんを見つけるやいなや、さらに気まずい雰囲気を出した。
「ごめんっ、またあとで来るからっ」
と慌てて出ていこうとして、玄関横のシューズボックスに足を豪快にぶつけた。
「いった〜い」
と大声で叫んで、その場に残したはずの気まずさを自分で取り払った。
「ちょっと、大丈夫? なにしてんの」
「だって・・・・・・」
姉は足の小指を角にぶつけてしまったらしく、ひとりで立ち上がれない様子だった。
そんな姉を、素早く服を着た岬さんがソファまで抱き上げて運んだ。
姉は顔を真っ赤にして「ごめんなさい」と岬さんに何度も謝った。
どうやら、さっき見た上半身裸の姿を思い出してしまったらしい。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「別に邪魔じゃないけど」
「だって、せっかく2人でいたのに。やっぱりまたあとで来るね」
と言って姉はすくっと立ち上がった。
「お姉ちゃん」
私はキッチンから姉に向かって言った。
「いていいから」
すると姉は黙ったまま、ストン、と腰を下ろした。
少しだけまた気まずさが漂ったのを、今度は私が払う。
「まったく、お姉ちゃんといい陽路くんといい、気を使いすぎなんだよ」
ふうっとため息をついて言う。
すると姉は明るさを取り戻して、
「あっ、そうなの。ヒロもね、こないだここに来たら岬さんがいて、2人で譲り合っちゃったって言ってたの」
「そうそう。最後には2人とも帰るってことになってさ。私は『はぁ?』って感じだったんだよ。そういえば、岬さんも気を使う人ですよね」
と言って岬さんを見ると、彼は突然振られた自分の話題に戸惑い「えっ、あっ、そうですか?」と慌てて返した。
「そうですよ。若いのにそんなに気を使ってばかりいて、疲れますよ」
「えっ岬さんって何歳なんですか?」
「あっ22歳です」
「えっ、え〜?! 22って、望より2歳下?! 私となんて、5歳も離れてる〜」
「あたしも最近知った。しかも社長だし」
「社長? えっ社長?! 岬さんって何者なんですか??」
姉がそう聞くと、岬さんは答えた。
「いえ、親の跡を継いだだけなんです。両親が病気がちになってしまって、とても経営していける力がなかったんで、僕が」
そうだったんだ。
そういえば、以前岬さんに同じ質問をしたことがある。
そのとき彼は「いたって普通の男」だと言っていたのに。
もしかしたら岬さんも、とんでもないものを隠しているのかもしれない。
「久しぶりだね」
と私が言うと、姉は精一杯の明るさで言った。
「ごめんね、しばらく来れなくて」
「こっちこそ、ごめん。陽路くんに聞いた?」
「うん。『ノンちゃんのこと守ってあげられるのは叶だけなんだから』って、怒られた」
――叶だけ、か・・・・・・。
「そうだよ。お姉ちゃんがいなきゃあたし生きていけないんだから」
「望・・・・・・本当にそう思ってくれてるの?」
「当たり前でしょ。こないだ沖縄に行ってて来なかったときも、食料なくて困ってたんだよ。そのときは岬さんにお願いしたんだけど」
姉は一瞬キョトンとして、すぐにその意味を理解すると、「も〜」と言って怒り出した。
「じゃあまた来るね。いっぱい買い物してくるから」
と姉は笑って言った。
何も買い物をしないで来たところを見ると、今日は“仲直り”だけを考えてきたらしい。
「よろしく」
「うん。ヒロも連れて一緒に来るね」
「だから、忙しいでしょ。いいよ」
「ううん、2人で望に報告したいことがあるから」
「・・・・・・あ、そう。分かった」
「じゃあね。岬さんも、また」
バタン。 カンカンカンカンカン・・・・・・。
閉められた扉の音も、ヒールが鳴らす鉄筋の音色も、やけに耳に響いてくる。
岬さんは、黙ったまま玄関に立っている私の背に向かって言った。
「ノンさん、今のはあなたの本心ですか?」
私がその言葉を理解するまで、一拍あった。
振り返って、岬さんをまっすぐに見る。
「・・・・・・どういうことですか?」
軽く睨むようにして、私は彼の目を見続けた。けれどそれに臆することはなく、岬さんは言った。
「『お姉ちゃんがいないと生きていけない』って、本当に思ってますか?」
なぜ。
だから、なぜ、このひとには分かってしまう。
私にだって分からない、この心の中が。
「岬さん」
彼の名前を呼んだとき、心が、ものすごく強い力で叫んだ。
――私を出して。このひとに、この孤独を伝えて。
この心の叫び、私も逃げることを諦めて、受け入れよう。
「姉と私は、本当の姉妹じゃないんです」
岬さんは驚くこともせず、黙ったまま、私の次の言葉を待っていた。
「施設からの・・・・・・」
心が、解き放たれる。
「もらわれっ子なんです」