心の声
朝、目が覚めたとき、岬さんは隣に眠っていた。
私はそっと起き上がり、柔らかいフリースを着た。
半そでに短パンだっていうのに、素材のせいか、とても暑い。
夏の暑さにはもう慣れたけれど、ちっとも涼しくなる気配がない毎日には少し嫌気が差す。
シャワーを軽く浴びてから、今度は綿100%のキャミソールとショートパンツに履き替える。
涼しいとは感じないが、気分は爽快だった。
気持ちよくバスルームを出ると、岬さんが起きていた。
「うわっ、ノンさん、なんて格好してるんですか!!」
と慌てて目を逸らした。
「暑いから着替えたんです。言っとくけど、下着じゃないですよ」
「下着みたいなもんじゃないですか。仮にも男の前でそんな格好してちゃダメですよ」
「何を今さら・・・・・・」
そう私が言うと、岬さんは本当に、今さら顔を真っ赤にして照れた。
そんな姿は、なんだか年下っぽかった。
私は一息ついて、岬さんに言った。
「昨日のあの言葉は、岬さんの胸の中に閉まっておいてください」
彼は一瞬口を開きかけたあと、自分自身によってそれをためらった。
けれど唇をぐっと噛んで、とうとうそれを言葉にした。
「あなたのすべてって、言っていましたよね。それは、どういうことですか?」
今度は私が開きかけた口を噤んだ。
頭で考えた言葉を言うつもりが、心がそれを押さえつけようとしていたのだ。
そしてついに、
「べつに深い意味はないですけど」
という逃げの言葉のかわりに、
「彼は私の幼なじみで、ピアノの先生だったんです。私にはピアノがすべてだから、それを与えてくれた彼もまた私のすべてだって、そういう意味です」
という、ほんとうの言葉を言っていた。
岬さんはそれ以上何も言わなかった。
私は、初めて主張してきた心の声に、驚いていた。
――これが“本心”ってやつだろうか。
そう思って胸に手を当ててみると、心がドクン、ドクンと脈打っているのが分かった。
治まらない胸の高鳴り。
まるで、まだ言い足りない、と言っているみたいだった。
決して岬さんに聞こえてしまわないように、私は両手で胸を強く押した。
これ以上何か聞かれたら、心が何を言ってしまうか分からない。
けれど、動き出した心はこれきり静まることなく。
私の過去は、私自身によって暴かれていくことになる。
まずは、このとき偶然にも玄関のドアを開けていた、2週間ぶりの姉の訪問をきっかけに。