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響く  作者: 綾瀬タカ
23/52

あのひとの音

ついに「あのひと」が登場です!!

これからどんどん出てくるのでお楽しみに。

 ガチャ。

 という音に反応して玄関を見やると。

 そこには、あのひとが立っていた。


「ノンちゃん。あ、ごめん来客中?」

 彼は岬さんを見つけると、ぺこっと頭を下げた。それにつられて岬さんも、「あっどうも」と慌てて頭を下げる。

「じゃあまたあとで来るよ。すいませんでした。お取り込み中に」

 と言って玄関を去ろうとした彼に、岬さんは言った。

「あっいや、僕も今帰りますから。どうぞ」

「いやいや、大丈夫ですよ」

「いいえ、本当に・・・・・・」

 2人はそんなやりとりを繰り返していて、結局どっちも譲っていたら、2人とも帰るということになってしまった。

 私はさっきからうるさく脈打っている胸の音を鎮め、必死な2人に見つからないように、ふうっと深呼吸した。

陽路ひろくん、帰らなくていい。岬さんもいてください」

 私は2人の間に割って入った。

 2人ともきょとんとして、「それじゃあ」と言って部屋に入った。

 


 中立の位置にいた私は、2人をそれぞれ紹介した。

「岬潤さん。いつも花を持ってきてくれるの。お姉ちゃんから聞いてるでしょ?」

 岬さんはまた頭を下げて、今度は彼がそれにつられた。

「それで岬さん。この人は、天宮陽路あまみやひろさんです」

 2人の軽い挨拶が済んだところで、私は彼に言った。

「陽路くん、どうしたの?」

「あ、いや、その・・・・・・叶が、ノンちゃんに嫌われたって落ち込んでたから、何かあったのか気になって」

「あぁ・・・・・・」

 そう。姉は、あれきり家に来なくなった。

 岬さんが2週間ぶりに来たのだから、姉もすでに2週間来ていないということになる。


 あのとき。


「何もわかってない」と言った私の言葉、声、表情で、姉は感じ取ってしまったようだった。

 

 ひとりで抱え込んでいた、私の想いに。



 そしてこのひとは、そんな姉を心配してやって来たのだという。


 私は彼にかける言葉を探していた。

 本当のことなんて言えやしない。

 それを言ってしまったら、とうとう絶望に堕ちてしまうのは、分かっていたから。

 けれど、私の中の暗い部分が、言葉を見つけようとするのを邪魔している。

 

 これ以上、このひとは私をどうしようというの。

 こんなときにまで、このひとは姉のことだけしか見ていない。


 私はぐっと目を閉じて、またすぐ開いた。

 暗くてどろどろした感情を振り払うように。

 そして彼の目をまっすぐ見て言った。

「陽路くん、お姉ちゃんに言っておいて。『ごめん。あのときは暑くていらいらしてたの。それをお姉ちゃんに八つ当たりしてしまっただけ。またいつでも来て』って」

 彼はその言葉に、分かったよ、と納得の笑顔を見せた。

「じゃあ、僕はこれで失礼します。ごめんねノンちゃん。岬さんも」

「お姉ちゃんによろしく」

「うん、またね」

 ドアが閉じられて、鉄筋の音が鳴る。

 この音は、前にも一度だけ聞いたことがある。

 予期せぬときに、姉と、2人で来たとき。

 そのときも、こんなふうに優しい音で、鳴っていた。




「ノンさん」

 はっとして、岬さんの存在に気づく。

「すいませんでした。あのひといっつも急だから」

「天宮さんって、お姉さんの?」

「あぁ、婚約者なんですよ。今は一緒に住んでるみたいで、もうすぐ結婚もするみたいですけど」

 私はわざと明るく声を作った。

 悟られてはいけない、と思った。

 けれど、思ったよりも私の演技は下手くそで、声は明るかったが、瞳には涙が溢れていた。

 岬さんには、やはり気づかれていた。

「じゃあ、ノンさんにとって天宮さんは?」

 そのあまりに確信めいた言葉は、弱りきっていた心に突き刺さるには充分の鋭さを持っていた。


 なぜさっきあのひとに言ったように、うその言葉が言えないのだろう。

 

 言葉を探すこともせず。


「幼なじみで、お兄さんみたいで」

 と言ったあと、私はもうひとこと、付け加えた。


「あのひとは、私のすべてです」


 

 頬にはついに涙が零れ落ちていた。

 同時に、ヒマワリの香りが私をふんわりと包むのが分かった。


 まるでピアノの上のヒマワリに見つからないように。


 

 岬さんは、私を抱きしめた。



 

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