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響く  作者: 綾瀬タカ
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真夏日

 岬さんの腕の中で、私は言った。

「なにも聞かないんですか」

 彼は両腕で私の頭を抱え込んだ。痛いですよ、と言っても、その力は緩まなかった。

「本当は、すごく聞きたいです。あなたの過去になにがあったのか。どうして閉じこもるようになったのか。なぜピアノを弾かなくなったのか。でも、気づいていないでしょう? ノンさん、あまりに辛そうな顔をしていたんですよ。まるで、死の直前みたいな。だから、なにも聞けなかった」

 そして岬さんは腕の力を緩め、すいません、と言った。

 

 死の直前。


 そうかもしれない。


 むしろ、死なんかよりも、もっと恐い。


 

 あの絶望は、死では償うことなどできない。


 永遠に、逃れることさえできない。


 

 

 たとえ、私が死んだとしても。

 


 *  *  *


 

 次に岬さんが私の部屋を訪れたのは、2週間も過ぎたころだった。

 あの日、今日から本格的な真夏日になる、とテレビも岬さんと同じことを言った。

 そしてそれは見事に当たり、毎日のようにクーラーを付けなければいけなくなった。

 その甲斐あってピアノの音が狂うことは一度もないが、冷気にばかり当てられたあのみずみずしいヒマワリと私は、「元気」という気を、完全に失いつつあった。


 岬さんは開口一番にこう言った。

「久しぶりです。あの・・・・・・こないだは勝手に帰ってすいませんでした」

 あえて目を合わさないようにしているのだろうか。

 岬さんはとても照れた様子だった。

「いいえ。それより、ヒマワリが」

「あぁ、やっぱり枯れちゃったかぁ」

 と、花瓶を持って、キッチンへ行った。そして、予告どおりの7度目のヒマワリを花瓶に挿した。

「ヒマワリって、意外と難しいんですね」

 と私が言って、岬さんは「何がですか?」と聞く。

「暑さでも枯れるし、寒くても枯れるし」

 すると岬さんは私がクーラーのことを指しているのだと気づいて、

「あぁ、そうですね。クーラーの風って、やっぱり自然に吹くものとは違うからでしょうか」

 と言った。

 いつもの場所に7度目のヒマワリを置くと、岬さんはピアノの椅子に座った。

「なんか、ノンさんみたいですよね」

「何がですか」

「ヒマワリです」

「それ、前にも言ってましたってば」

 私はそのときの言葉を思い出す。そして、依然消えないあの疑問をもう一度投げかけた。

 抱き合った今なら、岬さんは答えてくれるだろう、と思った。

「私のどこがヒマワリなんですか」

 そして岬さんは答えた。

「ノンさん、自分で言ったじゃないですか。ヒマワリは難しい花なのかって。それですよ。ノンさんも同じ。どうすればうまく育てられるのかが分からない。だけど、あなた自身はそれを誰かに教えてくれようとしない。僕はそれが、ヒマワリのようだって言ってるんですよ」

 私は押し黙ったまま岬さんの方を向いていた。

 このまま黙っていれば、岬さんはまた諦めてくれる。

 ずるいけれど、そう思っていた。


 それが、まさかこんな形で崩れてしまうとは、どうやって予想できただろうか。


 岬さんが諦めの表情を浮かべ、口を開きかけた瞬間。


 

 

 玄関には、あのひとが立っていた。




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