表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
響く  作者: 綾瀬タカ
PR
20/52

いたずら

 ゆるく傾斜がかった芝生の丘に寝転んだまま、ゆっくりと目を開けると、目の前には男の子が立っていた。

 柔らかい笑顔の後ろには、桜が咲いていた。

 まるでそれは、彼のものであるかのように。

「似合っている」という言葉だけでは足りないくらいに、きれいに咲いていた。

 桜の精霊みたい、と思った。同時に私の心の中では、彼を表す音色がいくつも弾かれていた。

 タイトルは「春の使者」。

 そんなふうに勝手にイメージを膨らませている間、私はずっと彼に見惚れていた。

「浅羽望さん。いつもここにいるんですか?」

 そんな彼の言葉によって現実に戻されてしまい、私は少し不機嫌になった。

「・・・・・・だれ?」

 そう聞くと、彼はにっこりと笑って

「新入生です」

 とだけ言った。


 


 

 


 なぜ、名前も知らない男の子が、私の隣で気持ちよさそうに寝転んでいるのだろう。

 目を閉じて思いきり太陽を浴びている彼を、私は横目で盗み見た。

 すると、顔ごとこっちに向けた彼と目が合った。

「気持ちいいですね、ここ」

 彼はそう言って、「んん〜」と声を上げながら伸びをした。

「いいとこ知っちゃったな。俺もこれからはここでサボろっと」

 と、いたずらな少年のようにニカッと歯を出して笑った。

「新入生がサボるなんて、なに考えてるの」

 と私は言った。

「浅羽さんだって、1年のときからサボってたって先生から聞きましたよ」

 どうせあのカマキリ女でしょう、と小さく舌打ちをした。

 あの人は、本当にくだらないことばかり言っている。全校の前では褒めておいて、直後に新入生にそんなことをネチネチ言うなんて、バカらしくてしょうがない。

 私は1年前に感じた“ハラワタが煮えたぎる思い”を、再びカマキリ女によって取り戻させていただいた。

「私のは理由があるからいいの」

 私は心の中にあるお湯が沸騰しているのを、素早く火を消して落ち着きを取り戻した。

 けれど、冷ます時間がなかった。

 言葉に少しの怒りが生じていたようで、彼はそれ何も以上言わなかった。


 お湯が、完全に冷めたころ。


「浅羽さん!第1音楽室に戻りなさい」

 と、カマキリ女が湧いて出てきた。

 お湯が冷めてなかったら。少しでも熱を持っていたら。

 彼女に皮肉の言葉でもかけてあげるのに。

 私がうっとおしそうにのろのろと立ち上がると、カマキリ女の目には背後にいた彼の姿が映った。

「あら? あなたは確かピアノ科1年の・・・・・・」

 カマキリ女の言葉を遮って、彼はすくっと立ち上がった。

「はい。偶然廊下から浅羽さんを見つけたんで、押しかけちゃいました」

 そう言って、その場で怒りを露わにしているカマキリ女を「はいはい、授業のあとで聞きますから。早く行かないと授業の時間なくなっちゃいますよ」となだめて、うまく教室へと誘導していった。

 彼がカマキリ女の背中をグイグイ押して行って、私はゆっくりとそのあとに続いた。

 校舎に入ると、2人は第3音楽室のほうへと向かい、私はひとり、反対にある第1音楽室へと足を向けた。

「浅羽さん」

 振り向くと、彼はカマキリ女だけを教室に押し込めていた。

「浅羽さん、またね。俺のこと、覚えておいて。俺の名前は、」

 彼は最後に声を消して、私に口の動きだけを伝えた。

 

 私は彼の口元を真似して、声に出した。


「こ」

「う」


 

 ――洸。


 

 彼はまた、あのいたずらな少年の笑顔をしてみせた。

 

 

 そのときは、その笑顔の意味を私は知る由もなく。


 

 いや、そこに意味はなかったとしても。 


 

 

 彼はのちに、私にいたずらをひとつ、残していく。


 

 それに私がようやく気づくのは、5年もあとのことだったりする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ