漆ノ話『生きてゆく場所』
---爽がこの場所から、できるだけ歩数を節約し、宿舎にたどり着くために考えた事はやはり、空を飛んで行くという単純な考えだった。
『……イメージ…。…出来るかわかんねぇけど、頭ん中でさっき桜が出た時の事をイメージすれば……!』
爽はその場で刀を構えると、地面に突き刺した。すると突き刺した場所を中心に、大きな桜の花びらの形の魔法陣のようなものが浮かび上がった。
そして刀を引き抜くと、その魔法陣が浮かび上がり、爽の足元に一つの大きなボード状の桜の花びらが出現した。
『……!?桜が…!!…これなら…行けるかも…っ!!』
爽がそれに飛び乗ると、その桜は風に乗り、まるで空中を滑空するかのように空中移動を始めた。
しかしそれは非常に低い高度で、滑空と言うにはあまりに低く、どのように飛んでいるのかは謎だったが、そのスピードは時速約30キロと、6分で200メートル先の宿舎にたどり着くには十分すぎる速さだった。
『…あと…五分っ…!!』
爽が風を切って進む。
いつの間にか宿舎はもう爽の目前まで迫っていた。
『…突っ切る…!!』
爽はうまく桜のボードを操作し、少し高度を浮上させると、身体を低く構え、前屈みになってライトが居ると思われる部屋の窓に突っ込んだ。
《ガシャァアアン!》
大きな音と共に窓ガラスが割れ、爽が部屋の中に転げ落ちる。
桜のボードは窓にぶつかった時に消滅したらしく、何処にも見当たらなかった。
そして、勢いよく窓ガラスにぶつかった爽だったが、奇跡的に怪我ひとつしていなかった。
『…これも…桜が…?』
そんな事を考えている時だった。
「…フン、間に合ったのか?…少し遅い気もするが…まぁ一応はゲームクリアとしようか…。」
割れた窓ガラスが散乱する部屋で悠々と座るライトが、読んでいた本を閉じ、言った。
それを見た爽はすぐに立ち上がり、ライトの胸ぐらを掴んだ。
『…ッ!テメェ…ッ!!』
「うるさいなあ…とりあえずゲームはクリアしたんだからお前はもう自由だ。だからもう帰ってくれないか?お前の実力はもう分かったからさ。」
ライトはそう言うと、爽の手を払いのけ、部屋のドアを開けると、軽く首を振って爽に外に出るよう、うながした。
「さぁ、勝手に出て行ってくれ。」
そう言ってライトが先程の読みかけの本に手をかけた時だった。
『…オイ…待てよ…。』
爽がライトの肩を掴み、強く握った。
「…何だ?…帰ってくれと言ったろう?」
『…うるせぇ。とりあえず一発殴らせろ…。……それで許してやるっっ!!』
その瞬間、ライトは固まった。
普通そんな事を先に言われて、はいどうぞと簡単に殴られる馬鹿がいるだろうか?
それと同時にライトは、この男はどれほどガキのような奴なんだと少し呆れた。
真面目な顔でそんな事を言う爽に対してライトは、
「お前は何を言っているんだ?」
と、少し笑って言った。
『…お前っ!!馬鹿にしてんのか!?…お前によ、“試す”か何だかしらねぇけど、好き勝手ルール決めて他人の命を弄ばれたあげく、最後は帰れとか…!…こっちは死んでたかもしれねぇんだぞ!?』
「うれさいなあ。…何勝手にキレてんだよ…。…まったく、お前、全然このゲームの意味を分かってないな。」
『…このゲームの…意味…?…それって、どうゆうことだよ?』
「…ハァ。…馬鹿に付き合うのは疲れるな。……お前は、誰のおかげでライフを使えるようになったと思ってる?…まぁ少しだけだったけどな。」
『ライフ…、…あの、…桜か!?』
「…そう、あれがお前のライフの能力。…らしい。…俺もよく分からないが、どうやら刀から桜を出現させてそれを様々な用途で使えるようだな。…一つ言っておくが、元々あのゲームは、ライフを使わないとまず攻略出来ない作りにしてあった。だからお前がライフを使えるようになってなければ確実に死んでいた…。」
『…じゃあお前っ!…やっぱ俺を殺す気で…!!』
「まぁそう焦るなって。…こうしてお前は生きてるんだ。ライフもある程度…ってゆうか少し、使えるようになったんだから、結果オーライじゃあないか。」
『………、…じゃあ俺にライフを使う才能?がなかったら死んでたって事か?」
「…あ?お前馬鹿か?…お前がライフを使えるようになったのも俺のおかげだぞ?」
『………?』
「…お前、何も分かってないな…。ま、そら分からないだろうが…。…お前、途中で巨大鳥・ガルーダと戦ったろう?」
『ああ…。…てゆうかアイツ、ガルーダって言うのか…。』
「あいつも俺がお前に仕向けて放ったんだ。」
『…どうゆうことだ?』
「…ただ、ガルーダに遥瞳爽を攻撃するという単純なルールを植え付けただけだ。…そしてガルーダはルールどうりに動き、お前を攻撃した…。…俺達ライフ・メーカーのライフは、“戦闘”によって目覚める事が多いからな。だからガルーダにお前を攻撃させたんだ。」
『じゃあ俺があの鳥を狙わなくても、結局あの鳥に襲われてたって事かよ!!』
「…ああ、そうだ。どうしてもお前には戦ってもらう必要があったからな。ライフを発動出来るようになる為に。でないとお前はゴール出来なかった。…だろ?…だから俺はガルーダを放ったんだ。」
『…。…でも、確かにライフを発動出来たのはお前のおかげかも知れない。…その戦いの時だったんだ。最初に桜が出たのは…。』
「そうだろう?…それに、俺はお前を殺そうと思って、このゲームをした訳じゃあない。お前にライフを使わせる為にやっただけだ。…通常、ライフ・メーカーが自分のライフの能力を使いこなせるようになるには、いくつかの段階をふんで、少しずつ自分のライフを特徴を知っていき、少しずつその能力を知っていき、少しずつライフを使えるようになっていくんだ。…だがな、その教え方をする調教師達は間違ってる。…そんな回りくどい事しなくたっていいんだよ。自分のライフの特徴なんて、すぐ覚える。能力なんて、すぐに分かる。…何せ俺達ライフ・メーカーは、戦闘のプロ…だからな。…だからこうゆう事だ。俺達は戦闘のプロ。…だから、その力は戦闘によって、本能的に目覚めるんだよ。」
『俺達が…戦闘のプロ…?…俺なんて、こないだまで、ただ腐ってたただのバカなのにか?…そんなの信じらんねぇ…。』
「…ああ、信じられないだろうな。…俺も最初、信じられなかった。自分の戦いの本能が。…初めての戦いで、頭では戦いを怖がって何も出来ないでいるのに、気づけば、まるで体が覚えているかのように、戦いを楽しんでたんだ…。…それが怖くて仕方無かった。…最初はな。…だが俺はしばらくして気づいたんだ。…この戦闘の動きは、自分の本能なんだと…。…自分は戦いの為の秘めた才能があったんだと。」
『でもさ…戦いを楽しむって…相手は悪魔なんだろ?…逆に、殺されるかもしれねぇんだろ?』
「ああ、そうだ。…だがそれも、“スリル”として、楽しんじまう。…だが俺のように、戦いで能力が目覚める事は、いわば飛び級なんだ。…ライフの使い方の基礎を習っていないから、ライフの詳しい使い方なんて分からない。戦いでライフが目覚めた者は、頭じゃなく、戦闘の本能でライフを扱わなきゃならない。…この事をお前に伝えたかった。…お前もいずれ目覚めるはずだ。自分の才能にな。」
『…そ、そんな事、何で俺に教えたりなんかするんだ?…お前は一体俺をどうしたいんだよ!?』
「…俺はただ、お前のライフ・メーカーへの道の第一歩の手助けをしたかっただけだ。…何か悪いか?」
『いや…、殺されかけた奴に言うのもなんだけど…、もしかしてお前って、ちょっといい奴なのかなー…。…なんて。』
「……そんな事、どうでもいいだろう。」
『…だ、だよな!…でも何かありがとうな。…俺、ライフ・メーカーになる事にまだ、躊躇があったんだよな…。でも、お前が俺にライフを使える様にしてくれた事で、第一歩を踏み出せた訳だし…。…まだ自分が戦闘のプロとか信じられねぇけど、あの鳥と戦った時の事思い出したら、やっぱり本能的に動いてたんじゃないかなって思ったりするんだよな…。』
「……爽。」
『……ん?』
「…これから先、ライフを完全に使える様になり、お前が悪魔と戦う事になったとする。…だが、決して戦闘中、我を忘れたりするなよ。…本能、その者のライフが強ければ強いほど怒り任せに我を忘れたりすれば、戦闘本能に飲まれる事になるぞ…。…これは俺の経験上の話だ。…戦いの中では、常に冷静を保つんだ。…わかったな?」
『……お、おう。』
「…あと、一つ言うのを忘れていた。…さっきお前に帰れと言ったが、確かお前の部屋は俺の部屋の隣だったな。」
『……えっ…?』
「まぁお隣さんということで…よろしく。」
そう言って、ライトが右手を差し出したが、爽は遠くを見つめて呆然としていた。
『まさか殺されかけた奴の隣の部屋だったなんて……。』
「…だから殺すつもりはなかったって言ってんだろうが…。」
ライトは少し怒り気味に言うと、部屋から爽を追い出した。
『……まだ、分からねぇ事いっぱいあるんだよな…俺って…。…こんなんで、ライフ・メーカーなんか、なれんのかなぁ…。』
部屋の外で一人、項垂れる爽の前に、一つの影。
「…私が、立派なライフ・メーカーにしてやる…。」
『…エシ…ッ?』
爽の目の前にいたのは、エシだった。
「…さぁ、調教を始めるぞ…。私の調教は調教師一、厳しいが…。爽、ついてこれるか??」
『…望むところだ…。みっちり調教してもらうぜ?…エシ。』
(…分からねぇ事とか、悪魔が怖いとか…そんなの今はどうでもいい。…あの時…あの絶望の日々には無かった楽しみ…“戦い”が此処にはある…。…元々死んでた様な命だ。…俺は……この世界で生きてゆくと決めたんだ。)