星の虹をわたって
南の島のとある街では、昼のあいだじゅう、強い日射しがなにもかもを照らします。
人も街も活気があって、世界がエネルギーに満ちあふれていました。
街の人はみんな、太陽の下を歩いて暮らしていたので、つやつやとした小麦色に焼けた肌が魅力的でした。
けれど、ブリジャールだけは透き通るように肌が白く、みんなとはちがう色でした。
ブリジャールは肌の病気があったので、太陽の光を浴びることができなかったのです。
外に出られるのはいつも、太陽がしずんで、しばらく経ってからでした。
昼のあいだに街を歩くことはできませんでしたが、ブリジャールは夜の散歩が好きだったので、まいにち楽しく過ごしていました。
夜空にキラキラ輝く、月や星を眺めるのが好きでした。
ある夜、ブリジャールがお気に入りの公園へやってくると、お気に入りのベンチに男の人が寝転んでいました。
大きな荷物を枕にして夜空を見上げるその人へ、ブリジャールはびっくりしておずおずと近づきました。
「ぼくと、おんなじ色」
ブリジャールは、おそるおそる話しかけました。
「おんなじ色?」
男の人は起き上がって、ブリジャールを見上げて首をかしげます。
近くで見てもやっぱり、その人はブリジャールと同じくらい白い肌をしていました。
「腕も、顔も。ぼくとおんなじ」
長袖をまくって、ブリジャールは腕を突き出しました。
「肌の色のことかな?おんなじだね」
その人は、ブリジャールに向かってにっこり笑って、同じように腕を突き出しました。
「おれはアラス。遠くの国から旅して、ここまできたんだ」
「ぼくは、ブリジャール」
その夜、ブリジャールは生まれてはじめて外で会えるともだちに出会いました。
アラスは、ブリジャールにいろんな話をしてくれました。
生まれ育ったのは、ここよりずっと寒い国ということ。
この街に来るまで、12の国を旅してきたこと。
そして世界中には、もっといろんな肌の色の人たちが暮らしているということ。
自分以外に白い肌をした人間はアラスだけだと思っていたので、ブリジャールはとても驚きました。
肌の色が、白と小麦色の他にもあることを知って、胸が熱くなるほど感動しました。
いつも心に抱えていた、世界でたった1人ぼっちのような気持ちが晴れたのです。
アラスから聞く話はどれも、初めて知ることばかりで、ブリジャールは目を輝かせながらアラスの話を聴きました。
アラスも、ブリジャールがあまりに楽しそうに話を聴いてくれるので、写真や動画を見せたりしながらたくさん旅の話をしました。
歳は離れていましたが、ふたりは仲良しになりました。
「ねぇ、アラス。世界には、昼のあいだしか見られない景色はある?」
ふたりが出会って3日目の夜、ブリジャールはアラスに尋ねました。
アラスは、少し言い淀みました。
昼を知らないブリジャールに、なんて答えればいいのかわかりませんでした。
「パパもママも、僕が昼のあいだのことを聞くと、ちょっとだけ元気がなくなる。だから、ぼくが昼のことを知りたがってること、パパにもママにもナイショ。アラスは、友だちだから、いいでしょ。」
ブリジャールは、そう言ってニコニコ笑いました。
アラスが思っているよりも、ブリジャールの心は成長していました。
「ブリジャールは、虹を知ってる?昼でもなかなか見られない景色があるんだよ」
ブリジャールは、初めて聞く「虹」に目を輝かせました。
「大きさも色の濃さもバラバラで、キラキラしていてね、見れたらラッキーって、ちょっと嬉しくなる。幸せな気持ちを、誰かに分けてあげたくなる。空に架かるカラフルな橋みたいなものだよ」
アラスが身振り手振りで説明しました。
「キラキラしてて、空に架かる橋…」
ブリジャールは、真上を見上げながら、呟くようにいいました。
「アラス、ぼくもそれ、見たことがあるよ」
そう言って、ブリジャールは星空を指差しました。
「いつもじゃないけどね、たまに、空の端から端までお星さまがならんで、キラキラの橋ができるよ。それと似てる?」
ワクワクした笑顔を向けられて、アラスは、否定する言葉を失いました。
「あぁ、似てるかもしれないね」
アラスは、ブリジャールの頭を撫でながら、そう答えました。
「太陽と月も、世界を照らすところがおなじ。虹も星も、空に橋をかけるところがおなじだ」
「太陽も、しずかな夜を過ごしたくなったり、月も、賑やかなマルシェを歩きたくなったりするのかな。」
ぽつりぽつりと、ブリジャールの言葉は、夜のしじまに吸い込まれて、消えていきました。
アレスは、とおくを見ながらつぶやくブリジャールの横顔を、ただ静かにみていました。
2人のを見守るのっぽの木と、隣にならんだ若木は、さらさらと、夜の風に葉を揺らしていました。
「太陽も月も、虹も星も、地球にとって、世界じゅうの人たちにとって、かけがえのないものだ。それぞれ、居場所は違うかもしれないけどね。」
ブリジャールは、ことばの先を待つように、アレスの瞳を見ました。
「俺にとっては、この街に来てきみと出会えたことも、かけがえのない出会いだよ。嬉しいことがあったり、幸せな気持ちになったら、分けてあげたくなる友だちだ。」
月明かりに照らされたアレスの微笑みは、とてもきれいで、ブリジャールは、アレスと友だちになれて良かったと思いながら、微笑み返しました。
「ぼくも、アラスと出会えて、友だちになれて嬉しい。」
「きっと、月の女神さまが、アラスと出会わせてくれたんだね。」
それから、数年後。
ブリジャールは、アラスよりずっと先に、星の虹を渡りました。
アラスは、ブリジャールとはなれた後も、いろいろな街を旅しました。
何年も、何年も、夜が来るたび、世界じゅうで、夜空にきらめく星を見ました。
その日にあった、嬉しいことや、幸せな気持ちになったことを思い出しながら、星を見ました。
やがて、最期のときが近づいたアラスは、ブリジャールと出会った街に戻ってきました。
南の島のとある街では、きょうも、太陽が人々をまるごと照らしています。
太陽がしずみゆき、夜が満ちたころ。
満天の星空が、公園にやってきたアラスを迎えました。
ずいぶん年季の入ったベンチに、アラスはゆっくり寝転びます。
きらめく星の虹が、まるで、アラスを包みこむように、その瞳いっぱいに映っていました。
「やぁ、ブリジャール。ひさしぶりだね」
こたえる声は、ありません。
「俺はね、あれからもずっと、世界じゅうで、美しいものや、珍しいものを、たくさん見てきたよ」
のっぽの木は、カラカラと、夜の風に枯葉を揺らしていました。
隣にならんでいた若木は、今は切り株にすがたを変えていて、端からかおを出した新芽がそよいでいました。
「嬉しくなったり、幸せな気持ちになったとき、いつもきみを思い出してた。ここで、星の虹を教えてくれた、きみのことをね」
低く、かすれて、しわがれた声は、夜の闇に吸い込まれていきます。
「あの日、月明かりのしたで微笑んでくれたきみだけが、今でも、世界じゅうのなによりも、キラキラ輝いてるんだ」
アレスが見つめる先で、流れ星がひとつ、またたき、夜空にとけていきました。
いつの間にか、瞳をとじたアレスは、最期の夢を見ました。
まわり中、とり囲むような星々のなかで、ブリジャールがひとり、佇んでいます。
アレスに向かって手をさしだしながら、ブリジャールは微笑みました。
アレスは、その手をとって、微笑みを返しました。
ふたりは一緒に、おなじ星の虹を渡っていきました。
ふたりのゆく先を、月明かりは、いつまでも照らしました。
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