今後の予定は無しにして下さい
病弱な幼馴染を優先する令息と、その婚約者の令嬢のお話です。
「すまないリンカ、今日のデートは行けなくなった。」
リンカ・ノアール子爵令嬢の婚約者であるウィラード・シアン子爵令息は申し訳無さそうにリンカに謝罪した。
「…また、ホワイト令嬢の体調が悪くなったのですか。」
デートや夜会など、婚約者として予定していた計画がキャンセルされるのはこれで何度目になるのか、もうリンカは覚えていない…。
「リンカ、そんな言い方をしないでくれ。」
ウィラードは困った顔をしながらもリンカの態度が気に入らなかったのか注意してきた。
ウィラードの幼馴染であるラリー・ホワイト男爵令嬢は病弱で、よく体調を崩していた。ラリーはウィラードが傍にいないと不安で仕方がないそうで、ウィラードはラリーが体調を崩すとすぐに彼女の所に行き、リンカとの約束をキャンセルした。
「言い方も何も事実ではありませんか。」
「っ、ラリーだって好きで病弱になった訳ではないんだ! 健康的な身体で生まれた俺やリンカに、ラリーの大変さは分からないだろう!?」
ウィラードはリンカを睨みつけてきた。リンカはそんなウィラードに怒りも恐怖もなく、ただ諦めたように内心で溜息を吐いた。
「ごめんなさい、言い過ぎました…。」
リンカは失言をしたとは思っていない。だが、病弱な人の苦労が分からないのは本当の事だとは思ったし、ウィラードと口論するつもりもなかったので謝罪の言葉を口にした。
「…分かってくれたなら良いんだよ。」
ウィラードはリンカの謝罪に機嫌を取り戻し、困ったような笑みを浮かべた。
「来週のデート、舞台を観に行く予定だったよね。次こそはリンカと過ごしたいと思っているから、機嫌を直してくれ。」
ウィラードはそう言うと、ラリーの元へ向かおうとした。
「いえ、今後の予定は全て無しにしましょう。」
だがリンカの言葉に、ウィラードは踏み出そうとしていた足を止めてしまった。
「…え?」
「来週のデートも、その次の約束も、夜会のエスコートも結構です。今後の予定は全て白紙にして下さい。」
「なっ、ど、どうしてそんな事を言い出すんだっ!?」
ウィラードが慌てたようにリンカに詰め寄った。
「だって、どうせまたキャンセルになりますよ。それなら最初から予定を組まない方が良いと思いませんか?」
「リンカ…、まだラリーの事を悪く言うのかっ!! ラリーへの当てつけでそんな嫌味を言ってくるだなんて、子供じみた真似はやめてくれ!」
ウィラードは再びリンカを睨みつけて怒鳴ってきた。
「ウィラード、貴方は私の事を婚約者として尊重しようと思ってくれていますか?」
だがリンカはウィラードの怒声には反応せず、冷静な態度で質問をした。
「へ…な、何を言っているんだ?」
ウィラードは眉間にシワを寄せながらも戸惑った様子でリンカを見た。
「私達は両家の都合で結ばれた婚約者です。お互いに望んでいた訳ではなかったですよね。」
リンカとウィラードは両家の政略結婚の為に、3ヶ月程前に結ばれた婚約者だ。
「分かっているとは思いますが、私はウィラードの事を好きではありません。」
「なっ…!?」
リンカの言葉にウィラードは何故かショックを受けたような顔をした。まさかウィラードは、リンカがウィラードに想いを寄せているとでも思っていたのかと、少し驚いてしまった。
だがリンカは、ウィラードの気持ちはどうでも良いとばかりに話を続けた。
「…でも、私はウィラードの事を婚約者として尊重し、礼儀を弁えようと心掛けて今まで接していました。政略結婚に愛情なんか求めるものではないと思っておりますし、今後も変わらずにそうするつもりです。」
「〜っ…。」
リンカの告白に、ウィラードは目を見開きながら呆然とした。
本来ならばこんな事を態々相手に伝える必要はないのだろう。これは言わば“君を愛するつもりはない”と言う、何処ぞの小説のセリフと同じで相手が嫌な気持ちになる事はあっても、良い感情を抱く筈がない失礼な言葉だ。
それに、今後の過ごし方や結婚した後の生活の中で、愛情が芽生える可能性が無いとも言い切れなかった。こうした理由から、リンカは言わないようにしていた。
けれど今までのウィラードの態度に、リンカの中ではウィラードは愛するに値しない存在だと結論が出てしまった。そして、今ここで言いたい事を言わなければウィラードに負の感情をずっと抱き続ける事になると判断したのだ。
「ウィラードはどうですか。貴方は私の事をどう思っているのか、正直に話して貰えませんか?」
「…っ、そ、尊重しているに決まっているだろう!」
ウィラードは一瞬言葉を詰まらせたものの、慌てた様子で答えた。
「本当ですか? 無理して答えなくてもいいんですよ。」
「嘘じゃない! お、俺はリンカの事を婚約者として…た、大切に思っているよ。」
「…。」
ウィラードは必死な、切なそうな表情でリンカを見てきた。リンカは数秒、ウィラードの様子を探るように観察した後に小さく頷いた。
「それならば、今後の予定を無しにして下さい。そうして下さればウィラードの事を信じます。」
「…まさか、僕との婚約を解消するつもりじゃないよな。他の男と仲良くするつもりじゃ…!」
「はい?」
リンカの言葉と態度に、ウィラードは何を思ったのか顔を青褪めさせた。
「〜っ、待ってくれリンカ! 俺は浮気をした訳じゃないだろう! 病弱な幼馴染を優先してしまっただけで機嫌を損ねないでくれよっ!!」
「痛いです、手を離してください。」
リンカの両肩を掴んで必死に訴えてくるウィラードを、リンカは痛みで表情を少し歪めながら冷静な声でウィラードに訴えた。
「あっ…す、すまない。」
ウィラードは、はっとしながら手を離した。
「はぁ、私は他の令息と仲良くするつもりも、婚約解消を考えている訳でもありません。」
「そ、それならどうして今後の俺との予定を無しにしようとするんだ!? …やっぱり、ラリーの事を優先したから腹が立っているのだろう?」
ウィラードはリンカが本当は嫉妬しているとでも思ったのか、何処か嬉しそうな様子を見せてきた。
その様子を見て、やはりウィラードの事は愛せそうにない。改めてリンカは自分の判断は正しかったのだと認識した。
「勘違いしないで下さい。私は別に、婚約者である私をホワイト令嬢よりも…いいえ、誰よりも優先しろだなんて言っておりませんよ。」
「へ…?」
リンカの言葉に、ウィラードは訳が分からないといった様子で困惑した。
「これからも婚約者の私より、幼馴染のホワイト令嬢の体調を優先して下さい。私も婚約者のウィラードより、両親や友人の事を優先させて頂きますから。」
「そ、それは…。」
ウィラードよりも家族や友人を優先するというリンカの言葉に、ウィラードは嫌そうな顔をした。
「ま、待ってくれ! 俺はラリーの体調が心配だからラリーの事を優先しているだけだ。家族や友人よりも婚約者のリンカを優先するに決まっているだろう?! だから、俺への当てつけでそんな事を言わないでくれよっ!!」
「私が問題だと思っているのは、ウィラードが私の事情を考えてくれていない事です。」
「…どういう意味だ。」
ウィラードの文句を聞き流したリンカの言葉に、ウィラードは眉を吊り上げた。
「デートの為に予約しておいた店のキャンセルをしたのは、毎回私です。ウィラードが手続きをしてくれた事なんてありませんよね。キャンセル料はそちらが支払ってくれましたけれど、手続きはウィラードがホワイト令嬢の事が心配でそれどころではない、と言って押し付けてきましたよね?」
「…。」
リンカの言葉に、ウィラードは固まった。
「そして何より、ウィラードとのデートの為にどんな服を着ていくか考え、化粧や着替えをして準備をする。ウィラードと夜会に出席する為に、貴方とお揃いになるように考えたドレスの準備と手配…それがどれほどの労力と時間を要すのか分かりますか? ウィラードには、令嬢の身支度の大変さなんて分からないでしょうね。」
「そ、それはっ…。」
先程ウィラードが、“健康な自分達には、病弱なラリーの大変さは分からないだろう”とリンカを非難した事を引き合いに出すように、リンカはウィラードを睨み付けながら言った。
ウィラードもその事は分かったのか、気不味そうな顔をした。
「ホワイト令嬢の病弱さと体調不良を責める事はしません。でも、私の労力と時間は報われる事なく無駄になった事も事実です。これは全て、ウィラードとの予定を立てていた事が原因です。初めからウィラードとの約束がなければ、こんな無駄な思いをしなくて済んだのです。」
「そ、それはっ…でも、俺だってリンカのとの約束を守るつもりだったんだ!」
「つもりはあっても、一度も守れておりませんよ。」
一瞬の隙もなく指摘してきたリンカに、ウィラードは表情を引き攣らせた。
「さっきも言いましたが、ウィラードがホワイト令嬢の事を優先するのは構いません。でも私の事を適当に、粗末に扱われるのは我慢出来ません。“婚約者よりも幼馴染を優先する”事が問題じゃない。“婚約者を粗末に扱う”事に私は怒っているのです。」
「そ、粗末だなんて、そんな風に言わなくても…。」
リンカよりもラリーの事を優先するのは構わないが、リンカの事情も考えて尊重して考えて欲しい。ウィラードはリンカの主張は理解したようだが、リンカの言い方に思う事があったのか渋い顔をした。
「今までもこれからも、ホワイト令嬢が体調を崩してしまったら私に行けなくなったと謝罪すればそれで良い。そう思っていませんでしたか?」
「っ…。」
リンカの言葉は図星だったようで、ウィラードは気不味そうに黙り込んだ。
「私の事を婚約者として尊重して下さるのならば、今後の予定は全て白紙にして下さいますよね。ウィラードだって、いちいち私に約束が駄目になったと報告に来なくて良いのですから楽になるのではないですか? もし、断るというのならば…。」
「っ、わ、分かった! だから婚約解消したいだなんて言わないでくれっ!!」
最後の方のリンカの声には圧が加わり、最後まで言わなくても言いたい事を理解したウィラードは、顔を青褪めさせながら今後の予定を白紙にする事に頷いた。
了承を得られたリンカは、安心したように笑みを浮かべた。
「良かった…。ふふっ、肩の荷が下りて自由に過ごせます! 来週の舞台は誰を誘って見に行こうかしら? あ、その前にあの店に行ってみるのも悪くないかも…。」
ウィラードとの予定ではない、今後の予定を楽しそうに計画するリンカを、ウィラードは複雑そうに見つめた…。
「あぁ、そうです。今後の夜会はウィラードは参加しない前提で私はドレスの準備をし、お父様と出席しますね。今まで当日にウィラードから行けなくなったと言われて1人で出席した事もありますから、お父様も周囲の方達も事情は理解しております。それに、他の令息に同伴のお願いなんて絶対にしませんから、安心して下さいね。」
「なっ、…周囲の人に、ノアール子爵に話したのか?!」
何ともないと言わんばかりの笑みで言うリンカに、ウィラードは顔を青褪めさせて絶句しながらリンカに聞いた。
「婚約者を連れずに夜会に参加する令嬢が居れば、誰だって気になるでしょう? しかも、毎回1人ならば尚更事情を知りたがる方は増えます。向こうから聞いてきたので答えただけですよ。」
リンカから言った事などなく、周りから聞いてきたから素直に答えただけだった。
「それに、お父様だって娘の私の事情を知りたがるのは当然ですよね。私は別にウィラードの悪口なんて言っておりませんよ。“病弱な幼馴染を心配して付き添っているだけだから仕方がない”と説明したら、お父様も皆さん納得しておりましたから。」
その言葉に周りが何を思ったのかリンカにはどうでも良かった。言いたい人には好きに言わせておけば良い。
リンカは周りや父にウィラードを非難して欲しい訳ではない。一応婚約者としてウィラードを尊重し、悪口として捉えられないように気をつけながら事実を話しただけだ。
父はリンカの話を聞いて何とも言えない顔をしたが、リンカの様子を見て婚約解消するほどではないと判断したのだろう。つまり、リンカとウィラードの婚約関係に何も影響を及ぼしてはいない。
「ウィラードがさっき言った通りですよ。ウィラードは浮気をした訳じゃなくて、病弱な幼馴染であるホワイト令嬢を優先しただけの事です。別に非難されるような事ではないのですから、堂々としていて下さい。」
何故か不安を感じている様子のウィラードを、安心させるようにリンカは笑みを浮かべた
「…リンカは、本当にそれで良いのか。」
ウィラードはリンカの笑みに安心する様子を見せるどころか、困惑したような様子を見せた。
「…何の事を確認しているのか分かりませんが、私は尊重さえしていただければそれで構いませんから。」
「…。」
リンカの言葉に、ウィラードは何故か絶望したかのように愕然とした顔をした。リンカは不思議に思いながらも、今後の予定を計画したいという欲の方が大きくなり、もう話す事はないのにまだ此処に居るウィラードが邪魔になってしまった
「あの、早くホワイト令嬢の所に行った方が良いのではありませんか?」
ウィラードを引き留めてしまったのはリンカだが、大切な話だったのだから仕方がない。そう思ったリンカは謝罪をせず、話は終わったのだから早く行けと言わんばかりにウィラードにそう言った。
ウィラードは何か言いたげにリンカを見てきたが、そのまま背を向けて去っていった。
「さてと、来週は誰を誘って舞台を見に行こうかしら! まぁ、1人で観に行っても良いのだけれどね、ふふっ!」
リンカはウィラードの事なんて忘れて、楽しそうに笑った。
主人公の令嬢が、幼馴染を優先する令息に全く愛情が無かったお話でした。自分よりも幼馴染を優先するなんて赦せないという理由ではなく、自分の時間と労力を無駄にするなという怒りしかありませんでした 笑 気が向いたら病弱な幼馴染が主人公の元にやってくる続編を書くかもしれません。需要はないかもしれませんが 笑
最後まで読んで下さり有難うございました! もし宜しければ評価して頂けると嬉しいです。




