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第7話 それでも、生きる場所

レンは、盗まなかった。

それは正しさでも、誇りでもない。

過去に、一度、完全に間違えたからだ。

最初に手を伸ばしかけたのは、

この体に入ってた直後だ。

空腹で、頭が回らず、

他人の荷に指先が触れかけた。

あの時は、結局、盗まなかった。

けど店主にみつかり誤解をうけ指を落とされそうになった。


だが――

その後、辿り着いた亜人集落では違った。

腹が減っていた。

眠れず、焦っていた。

誰にも断らず、

誰にも気づかれないと思い、

保管庫から食料を抜いた。

一度きりじゃない。

何度もだ。

「少しくらいなら」

そう思っていた。

気づかれたのは、突然だった。

囲まれた。

それで終わりだった。

必死に逃げた。

集落の灯りが背後で消える。

その時、初めて理解した。

盗みは、

誰かを傷つけなくても、

居場所を壊す。

今は、もう一人じゃない。

だから、盗まない。

寝る場所を探し、

人目につかない空き家を見つけ、

最低限の拠点を整えた。

少女は、黙ってついてくる。

目は開いている。

だが、何も映していない。

生きてはいるが、

戻ってきてはいなかった。

金が必要だった。

レンは仕事斡旋所に通った。

力仕事。

危険作業。

誰もやりたがらない現場。

列に並び、

黙って待つ。

仕事は早かった。

無駄がなく、正確だった。

それが、周囲の感情を刺激した。

「……調子に乗ってんな」

休憩中、

道具が消える。

荷を押し付けられる。

失敗の責任を、

押し付けられる。

レンは反論しなかった。

反論は、居場所を失う合図だ。

それを、もう知っている。

斡旋係だけが結果を見る。

「……次も来い」

その一言で、

視線が変わる。

嫉妬。

悪意。

排除。

それでも、

金は手に入った。

帰ると、少女がいる。

最初は、

壁際で丸まっていた。

次は、

少し離れた場所で座る。

やがて、

レンの動きを目で追う。

食事は、慎重に進めた。

粥。

柔らかいパン。

薄いスープ。

少女は、必ず匂いを嗅ぐ。

一口食べ、

皿を抱える。

奪われないように。

レンは何も言わない。

翌日も、

同じ時間に、同じ量を出す。

それを繰り返す。

数日後、

食べる速度が変わった。

途中で苦しそうに胸を押さえ、

それでも食べる。

レンは水を差し出し、

短く言う。

「……ゆっくり」

その声に、

少女は従った。

体は、少しずつ戻った。

痩せきっていた腕に、

わずかに肉がつく。

頬に、色が差す。

髪の絡まりが減る。

湯を沸かし、

体を拭く。

最初は、

身を固くした。

だが、何度目かで、

小さく息を吐いた。

「あったかい」

その声は、

今を生きていた。

ある夜、

少女はレンの隣に座った。

迷った末に、

口を開く。

「……レン」

「なに」

「名前……

 言っても、いい?」

レンは少女を見る。

死んだ目ではない。

怯えているが、

ちゃんと生きている。

「……ああ」

少女は息を吸い。

「ミユナ」

三つの音。

不安そうに見上げる。

「ミユナ、か」

そう言うと、

少女は、はっきり笑った。

その笑顔が、

レンの胸を締めつけた。

守りたい。

同時に、

失う未来がよぎる。

夜、眠る前。

ミユナは、

レンの袖を掴む。

「明日も……

 帰ってくる?」

「ああ」

その一言で、

安心して目を閉じる。

レンは、影を見る。

まだ、静かだ。

(このままで、いい)

そう思いながら、

分かっていた。

この生活は、

長く続かない。

それでも。

今は、

ここにいる。

レンは、

ミユナの寝顔を見守りながら、

それでも生きる場所を、

守ると決めていた。

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