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第6話 助けなければ…


夜の広場は、祭りの前触れのように整えられていた。

松明が等間隔に並び、

魔導灯が高く掲げられ、

闇が入り込む隙間はない。

人が集まっている。

酒を片手にした男。

子供を肩車した親。

退屈そうに欠伸を噛み殺す女。

中央の台の前で、奴隷商が手を叩いた。

「逃げた分は、ちゃんと帳消しにしねえとな」

軽い調子だった。

日々の仕事を片付けるような声。

笑いが起きる。

誰かが賭けの話を始め、

誰かが石を蹴った。

檻の中で、小さな体が縮こまっている。

レンは、人の輪の外で足を止めた。

(……同じだ)

誰も狂っている顔をしていない。

それが、異様だった。

恐怖も、怒りも、

すべてが「いつものこと」として消費されている。

影が、足元で静かにうねる。

合図のように、灯りが消えた。

一拍遅れて、悲鳴が広がる。

「何だ!」 「またかよ!」

“また”。

檻が軋み、鎖が弾ける。

人の輪が崩れ、後ずさる。

レンは台に跳び、子供を抱えた。

軽すぎた。

腕の中にあるのは、体温より先に骨の感触だった。

影が動く。

絡め取り、倒し、地面に縫い止める。

殺さない。

だが、優しくもしない。

逃げ惑う者。

呆然と立ち尽くす者。

そして――笑っている者。

「見ろよ、影だ」 「本当にいたんだな!」

興奮した声が、恐怖より先に広がる。

レンは歯を食いしばり、走った。

廃屋に辿り着いた瞬間、

子供は腕から滑り落ちた。

床に膝をつき、

堪えきれず吐く。

肩が激しく上下し、

息が追いつかない。

次の瞬間、床を叩き始めた。

拳で、爪で、意味もなく。

喉から、音にならない声が漏れる。

自分の腕を掻きむしり、

赤く滲んでも止まらない。

レンを見上げる目は、

怒りと恐怖が入り混じり、

焦点が合っていなかった。

立ち上がろうとして転び、

這うように近づく。

服を掴み、

押し返すように引き寄せる。

首を激しく振る。

拒絶。

否定。

それでも、離れない。

しばらくして、子供は急に動きを止めた。

自分の胸に手を当て、

何度も、何度も鼓動を確かめる。

生きていることを、

確かめるように。

安堵した表情が一瞬浮かび、

すぐに歪む。

嬉しさが、そのまま苦痛に変わる。

声を殺して泣いた。

歯を噛みしめ、

音を立てないように。

レンは、何も言わなかった。

夜が白み始める頃、

子供は力尽きたように眠った。

小さく丸まり、

無意識に手を伸ばす。

レンの袖を掴む。

指先が震え、

それでも離れない。

そっと外せば、

きっと起きない。

そう分かっていた。

それでも、レンは指に力を込めた。

握り返す。

細く、頼りない手。

骨の感触が、はっきり伝わる。

(……置いていかない)

広場の光景が蘇る。

笑っていた顔。

賭けをしていた声。

「またかよ」と吐き捨てた男。

あれが、この街の普通だ。

一人を逃がしても、

また捕まる。

また罰せられる。

それでも。

眠ったままの子供の手が、

わずかに力を返してくる。

その感触が、

過去の記憶を引き寄せた。

暗い夜。

逃げ場のない場所。

差し出された手。

『約束しろ』

低い声。

迷いのない目。

『手を伸ばしたなら、最後までだ』

『途中で放すな』

レンは、静かに息を吐いた。

(……分かってる、カイ)

これは誓いじゃない。

正しさでも、救いでもない。

覚悟だ。

「大丈夫だ」

眠る子供に、そう囁く。

返事はない。

それでも、手は握られたままだった。

レンは立ち上がらない。

夜が完全に明けるまで、

その場に留まった。

この子を最後まで助けるために、

何を敵に回すことになるのか――

もう、考えなかった。

選択は、終わった。

レンは、手を離さなかった。


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