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名前が残る街


弔うために、森へ入った。

レンは影を広げ、ミユナと兄の亡骸を包み込む。

黒は重さを持たず、ただ形だけを保っていた。

運ぶためではない。

落とさないためだ。

影は揺り籠のように二つの輪郭を抱き、地面からわずかに浮かせている。

血も、泥も、すでに乾いている。

それでも、レンは無意識に影を締め直した。

二度と、取りこぼさないために。

ミラが前に立つ。

獣人の感覚を研ぎ澄まし、森の奥へと意識を伸ばす。

魔獣の匂い。

湿った獣皮と鉄錆が混じったような、嫌な気配。

縄張りを示す、微かな違和感。

枝の折れ方、土の掘り返し、空気の流れ。

危険を避けるように、ミラは進路を選んだ。

足音を殺し、葉を踏まぬよう、わずかに身を傾けながら歩く。

弟は、その後ろをついてくる。

何も言わず、ただ影の揺れだけを見つめていた。

黒の奥に、兄とミユナがいる。

その事実だけが、今の彼を前に進ませていた。

やがて、渓谷の奥へ辿り着く。

木の根が複雑に絡み合い、

岩と土が押し合うように固まった場所。

谷を渡る風の音だけが、低く鳴っている。

そこだけ、時間が止まっていた。

積まれた石。

被せられた枝。

雨に洗われ、苔に覆われながらも、形を保っている。

レンが、かつて一人で作った痕跡だった。

誰も、言葉を発しなかった。

レンとミラは、新しく穴を掘り始める。

兄とミユナのために。

土は重く、湿っている。

掘るたびに、胸の奥が鈍く軋んだ。

痛みの正体が、どこから来るのかは分からない。

ただ、止まる理由にはならなかった。

弟も、黙って加わる。

小さな手で、土を掻き出す。

指が震えても、休まない。

やがて、十分な深さになる。

レンは影をほどく。

黒が静かに解け、ミユナと兄の亡骸が地面に横たえられる。

土を、かけていく。

一握りずつ。

ゆっくりと。

その途中で、弟が崩れ落ちた。

膝をつき、両手で顔を覆う。

喉の奥から、掠れた声が漏れる。

兄を呼ぶ声は、途中で砕け、

ミユナへの謝罪は、意味を成さない音になる。

土に、服に、涙が落ちる。

レンも、ミラも、声をかけなかった。

それが、せめてもの誠実だった。

やがて、弟は立ち上がった。

俯いたまま、動かない。

レンが、一歩近づく。

「……兄の名前を、教えてくれないか」

弟は、ゆっくりと顔を上げた。

赤く腫れた目で、レンを見る。

一瞬、迷いが走る。

それでも、はっきりと。

「……カイ」

その名が、空気に落ちる。

レンは、目を見開いた。

音が遠のく。

胸の奥で、何かが確かに揺れた。

遠い記憶と、今が、静かに重なる。

そして、ゆっくりと微笑んだ。

「カイ……いい名前だな」

そのまま、膝をつく。

弟と、同じ高さまで視線を下げる。

「君の名前を、教えて欲しい」

弟は唇を噛み、視線を落とした。

喉が、小さく鳴る。

やがて、

かすれる声が零れる。

レンとミラには、確かに届いた。


名と、感謝と、


必死に押し殺そうとした想い。


弟の頬を、涙が伝う。

レンは、一瞬、言葉を失った。

胸の奥に、熱いものが込み上げる。

それを逃がすように、息を吐き、

ゆっくりと目を細める。

どこか痛そうで、

それでも、確かに優しい笑みだった。

その名を、噛みしめるように繰り返す。

まるで、失ったものを胸に戻すみたいに。

そっと、弟の頭に手を置く。

「あぁ……いい名前だ」

声は低く、少しだけ掠れていた。

ミラは、その様子を、ただ見つめていた。

影に包まれ、

名前を返され、

涙を流しながら立つ弟。

そして、その前で膝をつき、

人の顔で微笑うレン。

喉が詰まり、息を吸うことも忘れる。

胸の奥で、凍りついていた何かが、静かに解けていく。

震える唇を押さえ、

それでも零れてしまった言葉。

「ありがとう」


完結になります。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

この物語の答えは、作中ではなく、

読んでくれたあなたの中にあるのだと思っています。

書いた私自身も、すべてを理解しているわけではありません。

途中からは特に、最初からこの物語がそこにあり、

それを拾い集めて書いていたような、不思議な感覚でした。

初めて書いた小説でしたが、

書きながら泣いたり、笑ったり、

物語が繋がった瞬間に鳥肌が立ったりと、

私自身も多くのことに気づかされました。

また機会があれば、

次の物語も読んでいただけたら嬉しいです。

最後に、

あなたが思った“名前”を

コメントしてもらえたら、

私はとても喜びます。

― 作者より

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