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返す影に残る名


レンの身体を覆っていた闇が、ざわりと揺れた。

黒が、意思を持ったかのように蠢き、輪郭を変える。

絡みついていた影がほどけ、流れるようにミラの身体へ移っていく。

同時に、レンの喉から掠れた息が漏れた。

全身を貫いていた痛みが、一気に表に噴き出すように走る。

骨が軋み、内臓が裏返る感覚。

だが、それは長く続かなかった。

闇が移るのと引き換えに、レンの身体から力が抜けていく。

黒に沈んでいた皮膚が、少しずつ元の色を取り戻す。

顔を覆っていた闇が剥がれ落ち、呼吸が戻る。

一方で、ミラの身体が大きく揺れた。

影が流れ込んだ瞬間、喉を潰すほどの痛みが走る。

血の味が口いっぱいに広がり、声が漏れないよう、唇を強く結んだ。

声を上げれば、意識が飛びそうだった。

それでも、ミラは腕を離さなかった。

レンの傷が、塞がっていく。

裂けていた皮膚が繋がり、痛みが静かになる。

代わりに、ミラの身体から赤が滲んだ。

背中から、腕から、地面へと血が落ちていく。

「……レン……っ」

声は震え、喉の奥で砕けそうになる。

それでも、声は止まらなかった。

「レン……レン……」

その呼びかけと同時に、何かが流れ込んだ。

痛みだけではない。

恐怖、後悔、怒り、諦め。

名を持たない感情が、静かに、確実に、二人の境を溶かした。

影を通して、レンの思念とミラの感情が流れ込み、区別がつかなくなる。

誰も救えなかったという絶望が、胸の奥で重く沈む。

名を呼ばれなかった時間が空白となって広がり、壊れ続けるしかなかった孤独が、影のようにまとわりつく。それらが一気に流れ込み、ミラの胸は締め付けられた。息が詰まり、涙が溢れる。

それでも、離せば全てが失われる気がして、抱きしめる腕に必死に力を込めた。

「…ミラ」

かすれた声が、確かに聞こえた。

レンの瞼が、ゆっくりと開く。

視界に飛び込んできたのは、血に濡れたミラの姿だった。

「ミラ…離れろ」

状況を理解した瞬間、レンの顔色が変わる。

闇が移っている。

レンは思考を捨て、反射のまま手を伸ばした。

影を掴み、引き剥がすように引き戻そうとする。

自分の中へ。

もう一度、すべてを背負うために。

ミラは、首を振った。

強く。

はっきりと。

声は弱い。

けれど、揺れていなかった。

「あなたには、生きてほしい…」

闇が、さらにミラへ流れ込む。

視界が揺れ、立っている感覚が消える。

それでも、笑った。

レンの喉から、切羽詰まった声が溢れる。

「やめろ…… やめてくれ……」

ミラは、泣きながら、でも確かに笑っていた。

「ね……最後に……お願い……」

震える息の合間に、言葉を紡ぐ。

「私の部屋に男の子が、二人いるの……」

レンは、その痛みの行き先を知り、ミラを見た。

「迎えに、行ってあげて……」

視線が、逃げ場を失う。

その瞬間、ミラの瞳が、

何かを映して離れなくなった。

「……カイ」

名を呼ぶ。

影の向こうに、ひとつの影が立っていた。

欠けた耳。

見慣れた輪郭。

一瞬、時間がずれた。

そこに、いるはずのない影が立っていた。

「レン」

はっきりと、呼ばれる。

次の瞬間、その影が走り出し、レンに抱きついた。

温度がある。

重さがある。

幻ではない

弟。

「…カイ」

名を呼ばれた瞬間、失っていたはずの重さが戻った。

「ミラ…レン…」

小さな声が、確かにそこにあった。

ミラは、その光景を見て、静かに目を閉じた。

その瞬間、闇が動いた。

名を媒介に、三人の存在が行き交い、結ばれ、

過去と未来が交わり静かに解けていく。

一方的に奪われていた痛みが、循環し始める。

苦しみが薄れ痛みが、消えていく。

レンの中で、何かが戻った。

名を持たない空白に、音が流れ込む。

呼ばれた。

声が、胸の奥に沈んでいく。

何かがほどけ、代わりに繋がる。

言葉はいらなかった。

名を口にしなくても、それはそこにあった。

失ったはずの重み。

離したはずの温度。

影は、縛るものではなく、ただ留まっていた。

重なり合わなかった3人の手の甲に、同じ痣。

三つの気配を抱えたまま、視界の片隅で、短剣が佇む。握ることも手にすることもなく、ただ存在を映す。過去の痛みも、未来への誓いも、そこに宿っていることを、静かに。

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