鎖
意識が、静かに沈んでいく。
水の中に落とされたみたいに、音が遠く、重くなる。
冷たい。暗い。
身体の感覚が薄れていくのに、思考だけがやけに冴えていた。
上を見上げると、海面がある。
光が揺れている。
さっきまで確かに、そこにいたはずなのに。
ゆっくりと、確実に、遠ざかっていく。
手を伸ばしても、もう届かない。
底へ、底へ。
沈むにつれて、景色が変わる。
暗闇の中に、ひとつ、ふたつと像が浮かび上がる。
ミユナ。
笑った顔。泣いた顔。名前を呼ぶ声。
温かかった手の感触。
弟と兄。
泥にまみれた小さな背中。
守ると決めたはずの存在。
カイ。
生きて、救って欲しいと
託された思い。
時間が、逆流していく。
ミラと出会った日の光景。
警戒と優しさが同居していたあの眼差し。
さらに遡る。
ミラと会う前の自分。
両親の声。
兄弟と呼ばれていた存在たち。
確かに、そこにいた過去。
すべて、思い出せる。
顔も、声も、匂いも。
なのに――
自分の名前だけが、ない。
どこまで探っても、そこだけが空白だった。
呼ばれたはずの音。
名乗ったはずの言葉。
それだけが、どうしても掴めない。
胸の奥が、ひどく冷えた。
カイとの約束が、浮かぶ。
兄弟のような存在を見たら、必ず救うと。
自分たちと同じ道を歩かせないと。
けれど――
救えた者は、誰もいない。
ミユナも。
兄弟たちも。
カイとの約束も。
守れなかった。
救えなかった。
何ひとつ、変えられなかった。
全部、無駄だったのだと、理解してしまう。
弟にかけた最後言葉も。
「また、何も守れなかった」
その思いだけが、頭に残る。
他の感情は、暗闇に溶けていく。
海面の光は、もう見えない。
完全な闇が、周囲を満たす。
底へ。
さらに、底へ。
何かが絡みついている感覚があった。
それが何か、確かめる力も残っていない。
名前を持たないまま。
誰も救えなかったまま。
意識は、静かに沈み続けていった。
底へ落ちきる、その直前。
消えかけた意識の奥で、かすかな音がした。
水の上から、波を震わせて届く声。
割れて、滲んで、それでも必死で。
何度も、同じ音を呼び続けている。
名を呼ぶ声。
忘れてしまったはずの、それ。
胸の奥が、わずかに揺れた。
――ああ。
そう思った瞬間、
一際大きな音が響き。
光も音も、すべてが途切れた。




