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立ち止まる影


影が、街へと伸びていた。

倉庫街の屋根を越え、路地を呑み、街路に溢れ出した黒が、逃げ惑う人々の上を覆っていく。

叫び声。

転倒する音。

荷車が倒れ、灯りが消え、秩序というものが一気に崩れていく。

その少し離れた高台から、頭領とその側付きたちは、それを見下ろしていた。

逃げるべき距離を保ちながら、あえて視線を逸らさない。

「あれは……」

誰かが息を呑む。

影の動きは、ただの魔物や災害とは違っていた。

恐らく確かな意思がある。

狙い、排除し、広がる。

「間違いないな」

頭領は低く呟いた。

影のうねり、その癖、広がり方。

知っている。いや、知ってしまった。

「レンだ」

その名が出た瞬間、頭領の側たちの空気が張り詰める。

かつて影のように動き、村から奪い、そして去った男。

あれほどの規模で力を解き放つ姿は、誰も見たことがない。

影は、確実にこちらへも近づいてきていた。

そのときだった。

人々が影から逃げ惑う流れの中で、

ただ一人、逆向きに走る影があった。

「……子供」

小柄な身体。子供にも大人にもみえる。

人波を縫い、瓦礫を蹴り、影へ向かって一直線に走っていく。

頭領の側付きが息を呑んだ。

「正気か……」

頭まで続く羽織を目深く被った、小さな影。

必死に影へと近づいていく。

女の子だと気づくのに、時間はかからなかった。

彼女は走り、影の進行線上で足を止めた。

逃げない。

震えもしない。

ただ、影を見上げる。

頭領は目を細めた。

その姿に、違和感を覚えたからだ。

恐怖ではない。

絶望でもない。

――覚悟だ。

何かを受け入れ、選び取った者の目。

あまりにも若いのに、逃げ場を捨てた者の目だった。

「ロキ」

側付きの一人が、焦りを隠せず声をかける。

「分かっている」

視線を街から外さず、静かに応じた。

「村へ戻る。念のため、避難の準備を進めろ」

最後にもう一度、街を見た。

女は、顔を覆っていた羽織に手を掛け、迷いなく捨てた。

布が外れ、素顔が露わになる。

その横顔を、ロキは確かに見た。

――この街にも、まだ

それだけを、心の中で呟く。

影は、女の前で蠢き、形を変え続けている。

触れれば死ぬ。

近づけば、飲み込まれる。

それでも彼女は、動かなかった。

ロキは、口の端をわずかに吊り上げた。

「……レン」

面白い男だ、と素直に思った。

壊し尽くしながら、まだ誰かを引き寄せる。

影になっても、なお。

「厄介だが……嫌いじゃない」

踵を返す。

影から背を向け、村へと進路を取る。

背後で街が崩れていく音を聞きながら、

ロキは思考を切り替えた。

――次に会うときは、生き残った後だ。

そうでなければ、話にもならない。

影は街を呑み、

人は逃げ、

そして選んだ者だけが、立ち止まっていた。

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