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名前を呼んだ理由


この話のタイトルには、物語の核心に関わる意味が込められています。

ただし、その理由は本文中では明確には語られていません。

読み進める中で感じた違和感や引っかかり、

なぜその名前だったのか、なぜその言葉が最後だったのか――

この物語は、読んだ人の中で完成することを意図しています。



弟の叫びは、獣が裂けるような音だった。

短く、鋭く、そして途中で潰れる。

血が散り、兄の血で黒ずんだ地面に滲んでいく。

弟は一拍遅れて駆け寄り、小さな体で兄を抱き起こそうとした。

何度も、何度も体を揺する。

「おにいちゃぁ゛ん……」

言葉にならない声が、喉から零れ落ちる。

だが兄は動かない。

目は開いたまま、焦点を失っている。

そこに、意思はもう残っていなかった。

レンは、ただ見ていた。

愕然とする。

胸の奥が、強く締めつけられた。

冷たいものが、背骨をなぞるように落ちていく。

――重なった。

雨に濡れた地面。

力を失い、腕の中で崩れていく体。

呼んでも、返らなかった声。

――カイ。

弟の背中が、あの時の自分と重なる。

倒れ伏す兄の姿が、あの時のカイと重なる。

(同じだ……)

互いしか頼れず、寄り添って生きてきた。

それなのに。

胸の奥で、押し殺してきたものが軋む。

生きろ

救ってくれ。

交わした約束。

誓い。

それを、また――目の前で守れなかった。

次の瞬間、弟の体から力が抜ける。

縋っていた腕が、するりと落ち、動かなくなる。


「……ミユナ……」

かすれた声。

ほとんど、息だった。


刹那、背筋を、冷たいものが走り抜ける。

固まる。

体が言うことをきかない。

心臓の音だけが、異様に大きく響いていた。

「……おい……」

一歩、近づく。

呼びかけようとして、言葉が詰まる。

名前が、分からない。

「おい……」

もう一度。

返事はない。

目は開いたまま、何も映していない。

完全に、動かなくなっていた。

レンは立ち尽くす。

(……まずい)

胸の奥に、別の不安が芽生える。

ミユナ。

嫌な予感が、じわじわと広がる。

彼女が危ない。

片方には、壊れてしまった弟。

もう片方には、今も危険の中にいるかもしれないミユナ。

弟を置いて行くのか。

ここに残れば、ミユナを失うかもしれない。

焦りが、思考を焼く。

(どうする……)

その時、弟の最後の言葉が、頭の中で反響した。

――ミユナ。

考えるより先に、理解が突き刺さる。

ばらばらだった違和感が、一瞬で噛み合い、

胸の奥で、確かな繋がりが生まれた。

ミユナを助ければ。

彼女が無事なら。

弟を救える可能性が、まだ残っているかもしれない。

天秤が、音もなく軋みながら動き出す。

過去と現在、罪と願い。

救えなかった命と、まだ掴めるかもしれない未来。

そのすべてを乗せた皿は、

迷いを引き裂くように、ミユナの名へと傾いた。

レンは、もう目を逸らさなかった。

弟の前に膝をつく。

焦点の合わない目を前に、顔を近づける。

「……すぐ戻る」

返事がないのは、分かっている。

それでも、言わずにはいられなかった。

立ち上がる。

影が足元に集まり、自然と伸びる。

一度だけ、振り返る。

兄弟は、もう動かない。

喉の奥が、ひくりと鳴る。

選択だ。

そう言い聞かせた瞬間、レンはもう迷わなかった。

影を引き連れ、地を蹴る。

拠点へ。

置いてきた重さが、背中に張り付いて離れない。

それでも、止まらない。

まだ、終わっていない。

終わらせてはいけない。

その思いだけが、レンを前へ押し出していた。


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