数が減った日
レン視点って言ったのにごめんなさい(笑)
お読みいただき、ありがとうございます。
生きていることと、
生きていると感じられることは、
必ずしも同じではありません。
これは、
「生き残った」話ではなく、
「今日は生きている」と思えた、
ほんの一瞬の話です。
俺は駒だと思っていた。
だが違った。
駒は盤の上に置かれる。
俺は棚に積まれた在庫だった。
数が合わなければ廃棄される、ただの数。
その事実に気づいたのは、捨て場だった。
倉庫の裏。
街の外れ。
血と油と腐肉の匂いが混ざった場所。
そこに「在庫」は運ばれる。
同僚だった男が転がっていた。
つい昨日まで隣で飯を食っていたやつだ。
口数が少なく、仕事も早かった。
だが今は、片腕がなかった。
いや、あったのかもしれない。
ただ、もう「数」に含まれていないだけだ。
「数が合わなかった」
理由はそれだけだ。
帳簿をつける係が、そう言っていた。
誰も名前を呼ばない。
呼ぶ必要がない。
番号が消えただけだ。
俺は思った。
――次は俺だ。
順番があるわけじゃない。
だが必ず来る。
在庫は回転する。
古いものから処分される。
あいつは俺の名前を覚えていない。
いや、正確には――
誰の名前も覚えちゃいない。
覚える必要がないからだ。
数を数えるのに、名前はいらない。
その日、指示が降りた。
「影の女のガキをさらえ」
短く、雑な命令だった。
場所と時間だけ告げられ、理由はない。
ガキは嫌いだ。
ここではすぐ泣き、すぐ壊れ、すぐ死ぬ。
扱いづらくて、値も安い。
哀れだ。
糞――奴隷商は、俺の目を見ない。
いや、見ている。
だがそれは人を見る目じゃない。
棚を見る目だ。
「攫ったあとレンを連れてこい」
噂だけは聞いたことがある。
強いらしい。
それ以上の説明はない。
あの糞は、危ない仕事はいつも遠くから眺める。
自分の手は汚さない。
安全な場所から、在庫を投げる。
情報通りだった。
ガキは簡単にさらえた。
抵抗しなかった。
叫びもしなかった。
目だけが、こちらを見ていた。
慣れている。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。
さらに哀れになった。
連れて帰る途中も、ガキは静かだった。
縄が食い込んでも、声を上げない。
体が揺れても、泣かない。
だがそれは、この街では珍しくもない。
拠点に戻り、糞の前に突き出す。
糞は一瞥しただけで、俺を見なかった。
在庫を確認するような目。
「奥の倉庫に入れろ」
淡々と。
「手と足を縛れ。
あと、足は逃げられないように折っておけ」
一拍も置かずに続ける。
「見張りはお前と、もう一人交互にだ」
それで終わりだ。
女の子の目が凍りついた。
声は出なかった。
喉が、完全に固まっている。
俺は、いつものように答えた。
「……はい」
事務的な声だった。
自分でも驚くほど、感情がなかった。
ガキを引きずる。
倉庫の奥は暗く、湿っている。
逃げ場はない。
縄を縛る手が、少しだけ震えた。
理由は分かっている。
――俺も、いつかここに積まれる。
折るために足を持ち上げたとき、
ガキと目が合った。
怯えている。
その目を見た瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。
恐怖じゃない。罪悪感でもない。
――期待だ。
あの糞が、当然のように「折られた」と信じる顔。
在庫が壊れたと、帳簿に丸をつける阿呆面。
それを想像しただけで、腹の底が熱くなる。
手が止まる。
その感情に…
口元が、わずかに歪んだ
……最高の機会だ。
見張りはまだ来ていない。
代わりに、きつく縛り直した。
逃げられない程度に。
だが、壊れない程度に。
糞は気づかない。
数が合っていれば、それでいい。
倉庫を出るとき、
俺は棚を見上げた。
積まれた在庫。
番号。
数。
――減らしてやろう。
一つだけ。
それで俺が廃棄されるなら、
順番が少し早まるだけだ。
だが、それでもいい
鎖は、手元からすり抜ける。
俺はそれを、遠くから見る。
在庫が一つ減った帳簿を前に、
あいつが初めて阿呆面さらして苛立つ顔を。
在庫が減った理由を、
あいつは最後まで知らない。
それでいい。
俺は数を減らした。
それだけで、今日は生きている
読んでいただき、ありがとうございました。
この日は、確かに「生きていた」日でした。
数が一つ減った、
それだけの話です。
個人的に気に入ってます(笑)




