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負け犬を装った私、鼓動を暴く副作用で“勝ち犬”を食いちぎる

作者:

「負け犬って、いい響きだよね」

壇上に立ちながら、私は笑った。

観客席に並ぶ生徒たちのざわめきが、波のように押し寄せてくる。

その中心で、彼――かつての友人であり、今は私を踏み台にした裏切り者――が、勝ち誇った顔でこちらを見ていた。


彼の心臓の鼓動は、私の耳にだけはっきりと届いている。

ドクン、ドクン。

嘘をつくとき、人は必ず鼓動を乱す。

それが、私の“副作用”だった。


---



三日前。

私は、学園の文化祭で行われる「公開告白劇」の主役に選ばれていた。

舞台の上で、誰かに告白される。観客はそれを見守り、拍手や歓声を送る。

学園の恒例行事であり、同時に“人気投票”のような意味も持つ。


だが、その座はあっさりと奪われた。

「彼女は不正をした」と、誰かが噂を流したのだ。

証拠はなかった。けれど、噂は瞬く間に広がり、私は“負け犬”の烙印を押された。


そして代わりに主役に立ったのが、彼――幼なじみで、かつては私の味方だったはずの男。

彼は私を庇うどころか、噂を利用して自分が舞台に立つ権利を奪い取った。

その瞬間、私は決めたのだ。

この舞台で、彼を潰す。


---



私には秘密がある。

それは、動物に変身できるという奇妙な力。

ただし、完全な変身ではなく、時折“副作用”が残る。

耳が鋭くなったり、嗅覚が敏感になったり。


今回の副作用は――鼓動を聞き分ける力。

相手が嘘をついた瞬間、心臓のリズムが変わるのが、私には手に取るようにわかる。

この力を使えば、彼の嘘を暴き、観客の前で“勝ち犬”の仮面を剥ぎ取れる。


---


「さあ、始めようか」

私はマイクを握り、観客に向かって笑みを浮かべた。

「今日は、負け犬が勝ち犬を食いちぎるショーだよ」


観客がざわめく。

彼は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに余裕の笑みを取り戻した。

「……相変わらず、負け惜しみが得意だな」

彼の声はよく通る。観客の笑いを誘い、私をさらに追い詰めようとする。


だが、私は聞いていた。

彼の胸の奥で、鼓動が一瞬だけ速くなったのを。


---



「ねえ、みんな。知ってる?」

私は観客に向かって語りかける。

「勝ち犬って、嘘をつくときに心臓がバクバクするんだよ」


観客が笑う。冗談だと思っている。

でも私は知っている。

この笑いが、すぐに凍りつく瞬間を。


「たとえば――“彼女は不正をした”って言葉。あれ、本当に信じていいのかな?」

私は彼を見つめる。

彼の鼓動が、また速くなる。

ドクン、ドクン。

観客には聞こえない。けれど、私には確かに聞こえている。


「証拠はあったの?」

私は問いかける。

彼は一瞬、言葉に詰まった。

その沈黙が、観客の心に疑念を植え付ける。


---



彼はすぐに笑みを取り戻し、言い返してきた。

「証拠? そんなの、みんなが知ってることだろう」

だが、その瞬間――鼓動が跳ねた。

嘘だ。


私はマイクを掲げ、観客に向かって叫ぶ。

「ほら、聞こえる? 嘘をついたときの鼓動!」


もちろん、観客には聞こえない。

でも、彼の顔色が変わったのを見て、観客はざわめき始める。

「……本当に嘘なのか?」

「彼女、何か知ってるのか?」


疑念は伝染する。

私はその波を利用して、さらに畳みかけた。


---



「私は負け犬だよ。みんながそう呼ぶなら、そうなんだろう」

私はわざと肩をすくめて見せる。

「でもね、負け犬には負け犬なりの戦い方があるんだ」


観客が静まり返る。

彼は必死に笑顔を作ろうとしているが、鼓動は正直だ。

ドクン、ドクン、ドクン。

速く、乱れている。


「勝ち犬を名乗るなら、堂々と証拠を出せばいい。できないなら――」

私は一歩、彼に近づいた。

「その牙、ただの張りぼてだよ」


---

観客のざわめきは、もう彼の味方ではなかった。

「証拠はあるのか?」

「本当に不正なんてあったのか?」

そんな声が、あちこちから飛び交う。


彼は必死に笑顔を作り、マイクを握り直した。

「……くだらない。彼女は昔から、負け惜しみばかりだ」

その声はよく通る。だが、私の耳には別の音が響いていた。

ドクン、ドクン。

鼓動が速い。乱れている。


「負け惜しみ、ね」

私はわざと肩をすくめて見せた。

「じゃあ、みんなに聞いてみようか。――もし私が本当に不正をしたなら、どうして彼は証拠を出さないんだろう?」


観客が再びざわめく。

彼の顔に、わずかな焦りが浮かんだ。

それを見逃すほど、私は甘くない。


---



「証拠なら……ある!」

彼は叫んだ。

「俺は見たんだ。彼女が――」


その瞬間、鼓動が跳ねた。

嘘だ。


「へえ、見たんだ?」

私は一歩、彼に近づいた。

「じゃあ、どこで? いつ? 誰と一緒に?」


彼は言葉に詰まった。

観客の視線が一斉に彼に注がれる。

その重圧に耐えきれず、彼は視線を逸らした。


「……そ、それは……」

「答えられないんだ?」

私は笑った。

「勝ち犬を名乗るなら、堂々と吠えればいいのに」


観客の笑いが、今度は彼に向けられた。

彼の顔が赤く染まる。


---



だが、彼は簡単には引き下がらなかった。

「……お前だって、嘘をついてるんだろう!」

彼は叫んだ。

「その“副作用”とやら、本当にあるのか? どうせ作り話だ!」


観客がざわめく。

確かに、私の力は誰にも証明できない。

鼓動が聞こえるのは、私だけだから。


「作り話、ね」

私は笑みを浮かべた。

「じゃあ、試してみる?」


「……試す?」

「うん。簡単だよ。ここで、ひとつ嘘をついてみて」


観客が息を呑む。

彼は一瞬、戸惑ったが、すぐに笑みを取り戻した。

「……俺は、君を裏切っていない」


その瞬間――ドクン。

鼓動が、はっきりと跳ねた。


私はマイクを掲げ、観客に向かって叫んだ。

「ほら! 今のが嘘をついたときの鼓動だ!」


観客がどよめく。

彼の顔が青ざめる。


---



「……ふざけるな!」

彼は怒鳴った。

「そんなの、誰にも聞こえないだろう!」


「そうだね。聞こえるのは私だけ」

私は頷いた。

「でも、みんな見ただろう? 君の顔色、声の震え、視線の泳ぎ。全部が嘘を物語ってる」


観客がざわめく。

「確かに……」

「さっきから様子がおかしい」

「本当に嘘をついてるんじゃ……」


疑念は、もう止められない。


---



彼は必死に言い返そうとした。

「……お前だって、完璧じゃないだろう! 昔から、弱点だらけで――」


その瞬間、私は笑った。

「そうだよ。私は負け犬だ」

観客が静まり返る。

「でもね、負け犬には負け犬なりの戦い方がある。牙を隠して、最後に噛みつくんだ」


私は彼に一歩近づき、囁くように言った。

「君の鼓動は、全部私に聞こえてる。もう逃げられないよ」


彼の顔から血の気が引いた。

鼓動は、もはや暴走に近い。

ドクン、ドクン、ドクン。


観客は、その様子を食い入るように見つめていた。


---

観客の視線が突き刺さる。

彼は額に汗を浮かべ、必死に笑顔を作っていた。

だが、その笑みはもう誰の心にも届いていない。


「……まだ終わってない」

彼は低く呟いた。

「お前がどれだけ言葉を弄しても、俺には切り札がある」


観客がざわめく。

切り札――?

私は眉をひそめた。


「切り札?」

「そうだ」

彼はポケットから一枚の紙を取り出した。

「これは、お前が不正をした証拠だ」


観客が息を呑む。

紙には、私の名前と数字が書かれていた。

投票数の改ざんを示すような記録。


「……なるほど」

私は紙を見つめ、口元を歪めた。

「それを、どこで手に入れたの?」


「……友人からだ」

彼は即答した。

だが、その瞬間――鼓動が跳ねた。


嘘だ。


---



「友人から? 本当に?」

私は観客に向かって声を張った。

「彼は今、嘘をついた」


観客がざわめく。

「嘘……?」

「じゃあ、その紙は……?」


彼は顔を真っ赤にして叫んだ。

「嘘じゃない! これは本物だ!」


だが、鼓動は速く、乱れている。

ドクン、ドクン、ドクン。


「本物なら、どうして鼓動が乱れるの?」

私は一歩、彼に近づいた。

「それは――君が自分で作った偽物だからだ」


観客がどよめく。

「偽物……?」

「まさか……」


彼の顔が青ざめる。


---



「君は私を陥れるために、証拠を捏造した」

私は断言した。

「でもね、残念だったね。鼓動は嘘を隠せない」


観客の視線が一斉に彼に注がれる。

彼は必死に否定しようとした。

「ち、違う! 俺は……!」


だが、その声は震えていた。

鼓動は、もはや暴走に近い。

ドクン、ドクン、ドクン。


「ほら、聞こえる?」

私は観客に向かって笑った。

「勝ち犬を名乗る彼の心臓が、今まさに負けを認めている音だよ」


観客がざわめき、やがて笑い声が広がった。

「本当に嘘だったんだ……」

「負け犬は彼の方じゃないか!」


彼の顔が真っ赤に染まり、唇が震える。


---



「……ふざけるな!」

彼は叫んだ。

「俺は勝ち犬だ! お前なんかに負けるはずがない!」


その叫びは、もはや虚勢にしか聞こえなかった。

観客は冷ややかな視線を向ける。


私は静かにマイクを握り直した。

「勝ち犬っていうのはね、最後まで堂々としているものだよ」

私は彼を見つめ、皮肉な笑みを浮かべた。

「君の姿は、どう見ても――負け犬だ」


観客が一斉に笑い、拍手が湧き起こる。

彼はその場に立ち尽くし、顔を覆った。


---



私は深く息を吸い、観客に向かって頭を下げた。

「みんな、ありがとう。私は負け犬かもしれない。でも、負け犬なりの戦い方で、ここまで来られた」


観客から大きな拍手が送られる。

その音に包まれながら、私は心の中で呟いた。

――これで、終わりじゃない。

これは始まりだ。


---

観客の笑いとざわめきが、波のように広がっていく。

彼は壇上の中央で立ち尽くし、顔を真っ赤にしていた。

その姿は、もはや“勝ち犬”ではなかった。

牙を剥こうとしても、空振りばかり。

観客の目には、ただの滑稽な負け犬にしか映っていない。


「……まだだ」

彼は震える声で呟いた。

「俺は……俺は勝ち犬だ! こんな茶番で負けるはずがない!」


その叫びは、必死の抵抗に過ぎなかった。

だが、観客の誰もがもう気づいている。

彼の声は震え、鼓動は乱れ、視線は泳いでいる。

勝ち犬を名乗るには、あまりにも惨めだった。


---



私はマイクを握り直し、観客に向かって微笑んだ。

「みんな、見てくれたよね。これが“勝ち犬”の正体だよ」


観客が笑い、拍手が起こる。

その音に包まれながら、私は彼に一歩近づいた。


「君は私を陥れるために、嘘をつき、証拠を捏造した」

私は静かに告げる。

「でも、鼓動は嘘を隠せない。君の心臓が、すべてを暴いた」


彼は顔を覆い、震えていた。

その姿は、もはや完全な敗北者だった。


---



「……どうしてだ」

彼はかすれた声で呟いた。

「どうして……俺が負けるんだ……」


私は彼を見下ろし、皮肉な笑みを浮かべた。

「簡単だよ。君は勝ち犬を演じようとした。でも、私は負け犬を演じた」


観客が静まり返る。

私は続けた。

「演じるなら、負け犬の方が強いんだ。だって、誰も期待していないから。

 だからこそ、最後に牙を剥いたとき、誰も止められない」


観客がどよめき、やがて大きな拍手が湧き起こった。


---



彼はその場に崩れ落ちた。

観客の視線は、もはや彼には向けられていない。

すべての視線が、私に注がれていた。


「負け犬を装った私が、勝ち犬を食いちぎった」

私はマイクを置き、深く一礼した。


観客の拍手と歓声が、嵐のように響き渡る。

その音に包まれながら、私は心の中で呟いた。

――これで、終わりだ。

いや、違う。

――ここからが始まりだ。


---



舞台を降りると、仲間たちが駆け寄ってきた。

「すごかったよ!」

「本当に勝ったんだね!」


私は笑って頷いた。

「負け犬でも、勝てるんだよ」


その言葉に、仲間たちは笑顔を浮かべた。


---



後日。

学園中が、あの日の出来事で持ちきりだった。

「負け犬が勝ち犬を食いちぎった」

その言葉が、噂となって広がっていった。


彼は学園の笑い者となり、私は一躍、注目の的となった。

だが、私は浮かれなかった。

これはただの通過点に過ぎない。

私には、もっと大きな舞台が待っている。


---



夜。

私は窓辺に座り、月を見上げていた。

変身の副作用――鼓動を聞き分ける力は、もう消えていた。

だが、あの日の感覚は、まだ鮮明に残っている。


「……負け犬、か」

私は呟いた。

「悪くない肩書きだね」


負け犬だからこそ、油断される。

負け犬だからこそ、最後に逆転できる。

それが、私の戦い方だ。


---



翌日。

私は学園の廊下を歩いていた。

すれ違う生徒たちが、私を見て囁き合う。

「彼女が、あの……」

「負け犬を装って勝った子だ」


その視線は、もう嘲笑ではなかった。

尊敬と畏怖が入り混じったものだった。


私は微笑んだ。

「負け犬でも、勝てるんだよ」


その言葉を胸に、私は歩き続けた。


---



そして、心の中で決意した。

――次は、もっと大きな舞台で。

――もっと多くの“勝ち犬”を食いちぎるために。


私は負け犬を装い続ける。

その牙を隠し、最後の瞬間に突き立てるために。


---



舞台の幕は下りた。

だが、物語はまだ終わらない。

負け犬を装った私の戦いは、これからも続いていく。


「さあ、次は誰の番だろうね」

私は皮肉な笑みを浮かべ、歩き出した。

本作を最後まで読んでくださりありがとうございます!

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