第一章 3 ビッグ・ニュース!(後編)
突然ハナが「あれ?」と大きな声を出した。
「ヤン。今、『おおぼし』がちょっと大きくならなかったか?」
「は? 『おおぼし』は元々大きいんだよ。大きいから『おおぼし』なんだから」
「そんなこと知ってるよ。ただ、今、そのデカいのが、更にデッカくなってないかって言ってるんだよ?」
「はあ?」
他の星はすべて、単なる光る点でしかないが、「おおぼし」だけは、ドーの民の視力でなら、球体であることがわかる。なので、ドーの星の人たちはずっと、「おおぼし」とは、恒星ドワと双子の月の次にドーの近くにある星だと思っていた。
ヤンは「おおぼし」を見つめる。言われてみると、完全な球体のはずの「おおぼし」が、今はやや横に膨らんでいるように見える。
「なんか、変だね……」
ヤンが呟く。
「な? 変だろ? それも、前からじゃない。さっき急に、プクって横に大きくなったんだよ」
ハナが興奮した口調で言う。
「でも、そんなのおかしいよ。星が急に大きくなるなんて……そんなの聞いたことないよ」
「あ」
「あ!」
「左側だけ、どんどん明るくなってきた!」
驚きと恐怖で、ふたりは同時に立ち上がった。「おおぼし」を凝視する。円形から楕円形に膨らんだように見えた「おおぼし」は、そのまま左側だけがグングンと明るさを増し始めた。そして、ほどなくそれはプツンと「おおぼし」から離れ、独立した一つの球体となって、流れ星のように夜空を滑り始めた。
「ハナ! あれは星じゃない。宇宙船だよ! 宇宙船が、『おおぼし』とちょうど重なって見えてたんだよ!」
「え?」
「宇宙船! 今、どんどんこっちに向かってる!」
直後、光球は、ドーの星の大気圏に突入した。彗星に良く似た真っ白い尾が、光球の後ろに伸びた。最初はやや東に。その後、微調整をしたのか今度は北に。減速しているのかいないのか、ヤンには分からなかった。ただ、光の衣は次第に薄くなり、中から宇宙船……おそらくは宇宙船と思しきもの……が現れた。
一見、巨大な球体。だがよく目を凝らせば、それは球ではなかった。すべての面が平らで等しく同じ大きさの三角形。その角と角とがやはり等しく結びつき、全体で完全な秩序を形作っている。表面は、銀色の光沢と半透明の結晶が複雑に組み合わさったような質感で、それが月の光を虹色に反射させている。
(まるで、月夜に浮かぶレイジの髪だ……)
そうヤンは思った。
球体はヤンとハナのいる天文台をかすめ、途方もなく大きな地響きとともに、北側に聳える岩山の中腹に突き刺さった。
気がつくと、ヤンは走っていた。そのヤンを、すぐにハナが追い越した。
(あれは、絶対に宇宙船だ! あれに、レイジが乗っているのだ!)
ふたりは、同じことを考えていた。宇宙船以外に、あんな奇妙な物体があるとはヤンには思えなかった。レイジの宇宙船は、光の速度でも3ハムダル時間かかるほどの遠距離を通過予定だった。それがなぜドーの星に墜落したのかはわからない。しかし、こんな辺境の宙域に、同時に二隻も宇宙船が航行しているとも思えなかった。
月明かりを頼りに、夜の赤砂利の道をひた走る。と、背後から、12人乗りの大型バギーがやってきた。何トンもの最上級のダダルの織物と交換した、ハムダル製の8輪駆動の全地形対応車だ。ドーの星全体で3台しか無い。そのうちの一台が、猛然と砂煙りをあげながらやってきた。運転をしていたのは、オオノキという冬を四つ越したヤンの大叔父。他にも、冬を三つ以上越した男たちがすべての座席に乗り込んでいる。バギーは、ヤンたちを追い抜く時、少しだけ減速をしてくれた。横っ飛びにバギーに向かって飛ぶ。タラップに足がきちんと乗らず、滑ってバランスを崩したが、三列目に座っていたカカという叔父がその太い腕でヤンをつかみ、自分の膝の上まで抱え上げてくれた。ハナは、バギーの最後尾にある荷台に飛びつき、少しだけ引きずられたが、自分の腕力だけでなんとかそのまま荷台に這い上がった。
前方で、銀の球体が、北の岩山の中腹から再びふわりと浮かぶのが見えた。いつの間にか、球体の底に当たる部分だけ白く光っている。。そして、球体の下の大地では、赤砂が風の動きを無視するように、サラサラと円形に流れている。球体は、低い雲くらいの高さを滑らかに並行移動し、やがて、ヤンたちの乗るバギーの存在に気がついたのか、今度は彼らの前にゆっくりと降下を始めた。
オオノキがバギーを止める。
球体は、真っ直ぐに降下してくると、地表からドーの大人ひとり分の高さを残して静止した。底の部分の白い光が消えた。だが、球体は浮かんだままだ。先ほど、この球体は岩山に激突したばかりのはずだが、その正二十面体(と、後にヤンは教わった)の銀色の機体には、破損箇所どころか傷ひとつ無かった。機体側面に「HUMDALL SPACE FORCE 13A5W D227」という黒い文字が、ふわりと浮かび上がった。
「やっぱり、レイジの船だ」
ハナがヤンの耳元に囁く。
「Dの227って船に決まったって、あいつ、前に俺に言った」
「そうなの?」
ヤンは、レイジの船の番号なんて知らなかった。どうしてハナばかりがレイジのことを知っていて、妹の私は知らないのだろう。そんなことを頭の片隅で思いつつ、ヤンは、銀色の塊をじっと見つめた。ハナもそれ以上は何も言わず、オオノキやカカなどの年配の男たちと一緒に、緊張した表情で銀色のそれを凝視していた。
球体を構成する三角形の一つが、無音で前に迫り出した。これが、この宇宙船の扉のようだった。
裏側から、男がひとり、現れる。
「レイジ!」
ハナが叫んだ。
レイジ・ドーだった。ドーの星の男たちが大きくどよめいた。
「皆さん、お久しぶりです。里帰りが、こんな突然の形になってしまってごめんなさい。驚かせてしまいましたよね」
そうレイジは、少し照れたような笑顔で言った。
「兄ちゃん!」
ヤンが叫んだ。レイジはヤンがいるのに気がつくと、小さく手を振った。そして、今度は船内の方を振り返り、(大丈夫なので出てきてください)と身振りで合図をした。と、ドーの星の男たちが、再び大きくどよめいた。というのも、レイジの次に姿を現したのが、ドーのような辺境の惑星の住人たちですら知っている、超の字が付くほどの有名人だったからだ。
ハク・ヴェリチェリ。
ハムダル星の大統領サラ・ヴェリチェリのひとり娘であり、ハムダル星系で最も高い「スコア」を持つことで知られるこの若き女性は、足取り軽く、宇宙船からぴょんと飛び降りた。そして、周囲の景色をぐるっと見回し、微笑んだ。
「この星、初めてなのに、とても懐かしい感じがするわ」
☆秦建日子の新作小説『方舟』更新☆
第一章3 ビッグ・ニュース!(後編)
小説家になろうサイト https://ncode.syosetu.com/n0216ku/
HP(秦建日子の方舟)
https://takehiko-hata.net/novel-ark/chapterone3/
秦建日子のnote https://note.com/hatatakehiko
※来週の日曜日は中国出張につき更新はお休みします。
次回更新予定は9/14(日)になります。