第二章 2 大統領の演説(後編)
「発明をした者が特許を取り、その発明による恩恵を最も受けるのは当然のことではないですか? しかし、私たちハムダル・ピュアは、ワープ航法の恩恵を皆さんにも開放しました。皆さんの星に宇宙港を建設し、科学を知らない遅れた種の方でも、乗船チケットさえ購入すれば、光よりも速いスピードで宇宙を旅する機会を提供しました。だから、皆さんは、この星に来ることが出来た。これを強運と言わずして何と言うべきでしょう。幸せと言わずして何と言うべきでしょう。差別だと私たちを罵り、税金はたいして納めていないのに『選挙権を寄越せ』とだけは大声で叫ぶ。私は、その前に皆さんには、ワープ航法を発明した私たちハムダル・ピュアと同じ星に暮らせているという幸せを今一度振り返っていただきたく思います」
そこまで語ると、サラは壇上に用意されていた水差しに手を伸ばし、美味しそうに飲んだ。そこまで呆気にとられたようにサラの演説を聞いていた聴衆は、この中断で我に返り、サラに罵詈雑言を叫ぶ人間が次々と現れ始めた。緊張から弛緩して楽観へ。それから困惑へ。広場の雰囲気は短時間で次々と様相を変え、今は憤怒の直前という印象をメイは受けた。
クワン・シューという学生が、再び大声を出した。
「現在のハムダル星は、我々ビジターの労働力で成り立っていますよね? ならば、あなた方が一方的に我々に恩を施しているという言い方はおかしくないですか? ビジターとハムダル・ピュアはウィン・ウィンの関係であり、上下関係はないでしょう!」
その言葉に対して、サラはまず両手を大きく広げてみせた。笑顔で。
「今までは、そうだったかもしれません」
「今までは?」
「私たちは移動手段を提供し、皆さんは労働力を提供した。ウィン・ウィン。確かにその通りです。今までは」
そして、急に真顔に戻ると、広げていた両手もストンと落とした。
「でも、残念ながらその状況はもう終わりです。正確には、もう、終わっていました。私たちが気づくのが遅れただけで」
ゼロの広場がざわつく。憤怒から、また困惑に、少しだけ雰囲気は揺り戻される。サラは、閉じていた演説原稿を再び広げた。広げる時、その内側が、メイのいる場所からはチラリと見えた。
それは、演説原稿などでは無かった。
大きな手書きの文字で、ただ一行だけ、
「勇気を出せ。サラ」
そう書かれていた。手書きの文字は、サラ自身の筆跡であるようにメイには見えた。
(勇気? どういう意味?)
メイも困惑した。いつの間にか、広場の空気にメイも飲まれていたのかもしれない。サラは、フェイクの演説原稿をじっと見つめ、それから顔を上げると、美しく赤く染まった夕焼けの空に向かって右手を掲げた。ハムダル星にとっての太陽である恒星リサ。その左斜め下に、燦然と輝く大きな星が出ている。宵の明星として知られる恒星レクトポネ。サラは、そのレクトポネを指し示した。
「恒星レクトポネが、超新星爆発を起こしました。今、西の空に輝いているのは80年前のレクトポネです。実際は、既にあの星は存在していません。私たちは、量子もつれシステムを搭載した無人探査機『ドット』からのデータで、その事実を知りました」
「……」
「現在、レクトポネから放たれたガンマ線バーストが、ハムダル星に向かっています。到達は、今から三年二ヶ月後。その瞬間……」
サラはここで、ひとつ、息を継いだ。そして、言った。
「その瞬間、この星のすべての生命は消滅します」
聴衆のざわつきが一度消え、次に大きなどよめきが起こった。最前列から十列ほど後ろにいた、別の大学生らしきグループの男子が、叫んだ。
「その話はおかしい! レクトポネは80光年も離れた場所の星だ! 光と同じ速度で進むガンマ・バーストなら、到着も80年後のはずだ! 3年後に到着するなんてあり得ない!」
サラは、その大学生をスッと指さした。
「君、名前は?」
彼は、一瞬、それに答えることを躊躇った。実名を明かすことで、今後、何らか不都合なことが起きる可能性を考えたのだろう。だが、すぐに気を取り直し、彼は答えた。
「リク・ソンムです」
「リク・ソンム君。今のは、とても良い質問です」
サラはそう言うと、チラリとメイの方を見た。その一瞬、サラがとても寂しそうに微笑みを見せたのを、メイは確かに見た。サラはすぐにリクに向き直ると、彼に最大限の共感を見せつつ、こう言った。
「実は、私もちょうど60日前、まったく同じ質問をしたのです」
☆小説『方舟』更新☆
第二章 2 大統領の演説 (後編)
小説家になろうサイト https://ncode.syosetu.com/n0216ku/
HP(秦建日子の方舟)
https://takehiko-hata.net/novel-ark/chaptertwo2/
次回の更新は2/8(日)を予定しています。




