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第二章 1 終わりの始まり(中編) 

「この件は私が預かるよ。どう対処するにしても莫大な金がかかる。本省マターになるのは間違いないからね」

そう言って、ヘンリはライ・ガザのブースから出た。スタジオの外廊下まで出てから、

「通話承諾」

と小声で呟く。すぐに若い男の声が聞こえてきた。

「ヘンリ・クープ様。お仕事中にもかかわらず、コールの承認をありがとうございます。私、チヒ様を担当させていただいております産婦人科医のビリ・オットンと申します」

「いえいえ。私は今、昼休みなので、ちょうど良いタイミングでしたよ。それで、ご用件は?」

ヘンリは、嫌な予感を振り払おうと、努めて明るい声を出した。が、オットン医師の声は、硬く、やや沈み気味だった。

「ご多忙のところ恐縮なのですが、直接お目にかかってご説明したいことがございまして」

「説明?」

「はい。このたびの奥様のご懐妊のことで」

「なるほど。妻の妊娠のことで、私に何か説明を?」

「はい。出来れば、まずはヘンリ様おひとりにご説明をしたいのです。そして、奥様にどうお知らせするかのご相談も、その時に一緒にさせていただければと思っております」

「……」

やはり、悪い知らせだ。ヘンリとチヒはずっと子宝に恵まれなかった。が、お互いの生殖能力が大きく低下し始め、子どもはもう諦めようかと話し始めた矢先に、奇跡のような妻の妊娠があったのだった。だが、ヘンリはそれを親にも親戚にも友人たちにもまだ話していなかった。出産適齢期を過ぎてからのピュアの妊娠には多くのリスクがあることを知っていたからだ。

「説明を聞くのは、きっと早い方が良いのでしょうね?」

努めて平常心を心がけながら、ヘンリは尋ねる。

「そうですね。はい。早い方がよろしいかと」

その答えに、一段と、悪い予感が募る。

「たとえば、今日の夕方でも?」

「はい。こちらは今日の夕方でも大丈夫です」


ヘンリ・クープは、午後の勤務を早退することにした。移動中に少しでも仕事はしようと「未処理」のフォルダのデータを携帯用チップにコピーし、1時間に1本の間隔で運行しているリグラブとの定期運行トラックに乗り込んだ。が、その車中で仕事をする気にはついになれなかった。

チヒの通うオットン産婦人科は、リグラブの北側にあるピュア専用居住区の中にある。スタッフには「ホワイト・パス」と呼ばれる通過許可証を得たビジターもいるが、医師は全員ピュア、そして患者もすべてピュアだった。チヒの母は、チヒをこの病院で産んだ。チヒの祖母も、チヒの母をこの病院で産んだ。なのでチヒも、妊娠したら出産はこの病院でと前から決めていた。ちなみにビリ・オットンは、ハムダル宇宙大学で医学博士とは別に遺伝生物学の博士号も取った秀才で、三年前に父のハリ・オットンから院長の座を引き継いでいた。『とっても優秀な先生なのよ』と食事時に何度もチヒが話していたし、医師が優秀であることはヘンリにとっても喜ばしいことだった。そのうち何か手土産を持って自分から挨拶に行こうと思っていたのに、初対面が、よもやこんな形になってしまうとは。

ザ・ボックスをそのまま縮小したような小さく白い立方体の病院に入る。受付で自分の名前を告げると、予約時間までにはまだ30分近く間があるにもかかわらず、ヘンリはすぐにビリ・オットンの部屋に通された。

「ようこそおいでくださいました。どうぞ、そちらにお座りください」

勧められるままヘンリは部屋の中央にある椅子に座る。ビリ・オットンはそれを見届けると、自分は立ったままで告知を始めた。

「まず最初に、とても残念なお知らせをさせてください」

ある程度の覚悟をしてきたへンリは、じっと次の言葉を待った。ビリ・オットンは、背後の白い壁を三本の指でトントンと叩く。と、壁がふわりと発光し、チヒの名前と胎児の写真、そしていくつかの記号と数字の羅列が表示された。

「先日行った検査の結果、お腹のお子様に障害があることがわかりました」

「障害?」

「はい。それも重大な」

「……」

ヘンリは、胎児の写真を見つめる。が、まだそこに写っている我が子は小さ過ぎて、どこが正常でどこからがそうでないのか、彼には全くわからなかった。

「具体的には、どんな?」

なるべく平静を保つのだと自分に言い聞かせながら、ヘンリは訊いた。

「どういう形で障害が現れるかは、まだわかりません」

「わからない?」

「はい。障害は知能に現れるかもしれませんし、身体器官に現れるかもしれない。一見正常に生まれるけれど、数年のうちに進行性のがんを発症するかもしれない」

「言われている意味がわかりません」

「問題は、遺伝子なのです。今、奥様のお腹にいるお子様は、遺伝子を正常にコピーする能力がとても低いのです」

「!」

「これから細胞分裂を繰り返し、人としての機能を作っていく中で、ほぼ必ず、何らかの障害が発生して来るでしょう。途中で死産となる可能性もあります」

「待ってください。検査結果が間違っているという可能性は無いのですか?」

「これまでに3回の検査を行いました。そのすべてが検査ミスという可能性は、有り得ないと言ってよいでしょう」

ヘンリは思わず呻いた。ビリ・オットンは黙って、ヘンリが自力で気持ちを落ち着かせるのを待っていた。

「出産して、それから治療する、という選択肢は無いのですか?」

ヘンリは、一縷の望みを胸に、そう医師に尋ねた。ビリ・オットンは、その質問を予想していたらしい。トントンとまた壁を叩き、新たな文章を表示させた。それはこのまま出産した場合のリスクについて、一般人にもわかるよう専門用語を使わずに書かれていた。それを、最初からゆっくりとヘンリは読んでいく。どれもこれも、ヘンリの心を打ちのめすことばかりが書かれていた。そして最後の項が、その締め括りだった。そこには、あえて太字で、こう記されていた。


『無事にご出産をされたとしても、

そのお子様には「スコア」が付与されません。

「スコア」が無いお子様には、

ピュアとしての権利が認められません』


「ちょっと待ってくれ! ピュアの両親から生まれた子供がピュアじゃないなんて、そんなバカな話があるか!」

思わずヘンリは声を荒げた。ビリ・オットンは悲しげに頷いた。

「お気持ちは良くわかります。ただこれが、この星の絶対方針なのです」

「俺はピュアだぞ! 妻もピュアだぞ! そのふたりの子どもが、どうしてピュアじゃないんだ! ふざけるな!」

平静を保つという決意を忘れ、ヘンリは初対面の若い医師を大声で怒鳴りつけた。ビリ・オットンは動じなかった。

「ヘンリ様。ピュアの小学校で繰り返し習いましたよね? 何度となく暗唱しましたよね? 『我々はこの宇宙でもっとも優れた知性を有する種である。劣等な種族と交わることなくその優れた遺伝子を可能な限りピュアな形で未来の子孫に渡す。これ、すなわち、種の保存』」

「……」

「単純労働力の確保のために『ビジター』という名の移民を受け入れてはいますが、我々の社会の本来の目的は『種の保存』です。この銀河で唯一ワープによる宇宙航法を会得し、政治・経済・軍事などで最も優秀な種であるハムダル・ピュア。この星の社会制度はすべて、そのハムダル・ピュアの遺伝子をより良く保存することを目指して設計されているのです」

「……」

「実はですね、ヘンリ様。社会不安の蔓延を防ぐために情報の統制がされているだけで、実は、あなたとチヒ様のようなケースはたくさんあるのです。生物学的見地から見れば、近親交配は生命の力を弱めることがわかっていますからね」

「近親交配? 私とチヒは兄妹でもいとこでもありませんよ!」

「でも、お互いピュアです。ピュアはこの星に130万人しかいないのです。そして、少なくともこの2000年、私たちはこの130万人同士で結婚し、子どもを作り続けている」

「!」

「種の保存というのは、実は最初から矛盾した目的なのです。種をピュアに保存しようとすればするほど、私たちの血はどんどん濃くなり、『近交退化』と言って先天性の異常が発生しやすくなります。ハムダルの医学はずっと、この近交退化との戦いの歴史なのです。遺伝子の優劣を『スコア』で可視化しているのもそのためです。そして、ヘンリ様のお子様は、このもっとも大事な『遺伝子を伝える』という能力に異常があるのです。なのでスコアはゼロです。そして、スコアがゼロということは、この星ではビジターとしか見なされないのです」


☆秦建日子の新作小説『方舟』更新☆

第二章 1 終わりの始まり (中編) 

小説家になろうサイト https://ncode.syosetu.com/n0216ku/

HP(秦建日子の方舟)

https://takehiko-hata.net/novel-ark/chaptertwo1/

次回の更新は1/18(日)を予定しています。

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