6話
銀河標準暦1103年、第四環星系時間帯にて——。
アステラン王国は、全宙域向けの高出力通信を通じて**「レディア王国に対する正式な宣戦布告」**を発表した。
「レディア王国の不当な挑発と、我が軍団長ダルマス・ヴァインへの不意打ちは、明確な敵対行為である。アステランは国家の尊厳を守るため、軍をもってこれに報いる。」
これに即座に応じる形で、レディア王国は王都アーク・レギオスにて緊急発表を行った。
「アステラン王国の真の目的は、我が国の主権と資源の強奪にある。これは自衛の戦争であり、王国の未来と民を守るための、正義の剣である!」
銀河の各宙域でその報道が流れる中、戦火はただの可能性ではなく、現実となっていった。
そして数時間後、銀河中立機関である〈銀河ギルド連盟〉も公式発表を行った。
広大な中立ステーション〈オルドリン・ノヴァ〉に集う無数の商船、傭兵艦、交易拠点の中継網を通じてその声明は響き渡った。
「我々は、銀河の秩序を保つ中立機構であり、政治的衝突には一切干渉しない。加盟傭兵団および独立艦隊には、個別の判断と行動の自由を保証する。」
すなわち、“参戦してもよいが、ギルドは責任を負わない”という通告だった。
これにより、傭兵たちは己の信念、契約、名誉、そして利得を天秤にかけて選ばなければならなくなった。
そのころ、小惑星要塞〈フォージ・ネスト〉内の指令会議室では、重苦しい空気が流れていた。
円卓を囲むのは、総帥リュカ・バルクロフトと副団長ミーナ・アーデン。そして8部隊を率いるカリバーン級艦長たち。
軍服を着崩した者もいれば、魔導符を手遊びする者もいる。異なる思想と出自を持つ猛者たちが一堂に会していた。
「——さて、正式に戦争となったわけだが。我々〈アストロイド・クラン〉はどう動くべきか、諸君の意見を聞こう」
白髪混じりのリュカ提督が重々しく口を開くと、最初に声を上げたのは第2部隊のジャド・マクリンだった。
「俺ぁ、前から言ってたが……やるべき時は、やるしかねえだろ。こっちに火の粉が飛んでくる前に叩く。それが傭兵の掟だ」
対照的に、セレナ・ヴァン=ユリアは冷ややかな声で言った。
「王国に肩入れすることで、クランが“王党派”と見なされる危険は? その後、ギルド内での取引制限が起きたら?」
「だが、ツバサ君が前線で戦っているのだぞ。我々が彼を見捨てて、どの面下げて艦を出す?」と、ハン・ゲインが応じる。
「義理で飯は食えんが、義理を失えば信頼も失う。信頼を失えば、契約も来ない」
言葉の応酬が続いたのち、リュカが再び立ち上がった。
その目は、若い頃のように鋭く、老いてなお威厳に満ちていた。
「皆の意見はわかった。そのうえで私の決断はこうだ」
一拍置いて、静かに宣言する。
「〈アストロイド・クラン〉はこの戦争において、レディア王国側に正式参戦する」
その言葉が場に落ちた瞬間、会議室内の空気が一変した。
「それが提督としての決断なら、異議はない」
「我が隊も従う」
「クレストスパイア、全戦力をもってゼロス艦隊に協調する」
次々に交わされる了承の声。ミーナ・アーデン副団長がそれを受け、即座にクラン本部回線に打電した。
「至急、全隊に通達。コード“アステリオン001”——全面動員体制に移行せよ」
その数時間後、銀河ギルド連盟の通達掲示板に更新があった。
【通知】
傭兵団〈アストロイド・クラン〉は、レディア王国との正式契約により、同国側での戦闘任務を受諾。
今後の業務および艦船行動は、全て軍事行動扱いとなります。
そのニュースは各地の小傭兵団、商業ステーションに波紋を呼び、多くの者たちがざわめきを見せ始めた。
「クランが動いたぞ!」
「リュカの決断だ」
「これで中立じゃいられなくなる」
そして、翌日には三つの中規模傭兵団がレディア王国に続いて契約を結ぶ。
それはまるで、戦場に向かう勇者に続く者たちのようだった。
リュカの声明が出されてから二日後、〈フォージ・ネスト〉内はまさに“戦時体制”そのものへと変貌していた。
各バースでは補給艦が列をなし、整備クレーンがけたたましい音を立てて動く。整備士たちはタンクスーツに身を包み、溶接の火花が昼夜の区別なく飛び散る。
全長1キロ超の巨大ドック〈アウロラ・リング〉では、かつてない規模の艦艇出撃準備が進められていた。
その中央に、八隻のカリバーン級戦艦コピー艦が並び、静かに目覚めの時を待っていた。
「こちら第3工区、カリバーンⅢ《ルミナ=シェル》、魔導炉臨界に達しました」
「通信・索敵系統、ネイ=ウェアリィよりリンク確認。電子戦モード正常」
「全艦、全サブAI起動チェック完了。コアOS待機中」
ブリーフィングルームでは、部隊長を兼ねた艦長たちが集結していた。すでに配備された部隊名も決定している。
《アストロイド・クラン 作戦部隊編成(抜粋)》
部隊名旗艦艦長特徴
第1部隊カリバーンⅠ《アークレイヴ》ミランダ・ゴードン(人間)冷静な戦術派、司令系統に秀でる
第2部隊カリバーンⅡ《ラグナヴェイル》ジャド・マクリン(獣人・虎)接近戦特化、強襲任務に強い
第3部隊カリバーンⅢ《ルミナ=シェル》エリク・ノルス(バーチャル)AI支援、精密射撃戦術を得意とする
第4部隊カリバーンⅣ《ノルディア》セレナ・ヴァン=ユリア(エルフ)魔導技術重視、後方支援向き
第5部隊カリバーンⅤ《ヴァルキリス》ハン・ゲイン(人間・中年)経験豊富、防衛線構築に長ける
第6部隊カリバーンⅥ《ブラストアーク》タリオ・グレン(知能型オーク)重火力型、魔導砲による面制圧
第7部隊カリバーンⅦ《クレストスパイア》シグ=フェリス(翼族)高速戦特化、攪乱・制圧戦を担当
第8部隊カリバーンⅧ《シグナム》フィオナ・カーム(人間・少女)若年の天才艦長。柔軟な発想で戦況を動かす
要塞外縁部では、守備艦隊500隻とリュカの直轄艦隊500隻が別編成で待機。リュカ自身は旗艦《オルド=グランデ》に乗艦する予定だ。
その上で、主戦力となる8部隊(総数約2,400隻)は、それぞれゼロス艦隊との合流地点〈トリニタス星系〉へと出撃することとなった。
その日、出撃セレモニーは一切行われなかった。
戦争とはすでに日常の延長であり、礼装や祝辞の要らぬ現場だった。
「こちら《アークレイヴ》。全システム緑。第1部隊、発艦する」
「こちら《クレストスパイア》。偵察チーム先行展開。準備完了」
「全艦、ワープゲート使用確認。出力同期、カウント開始——」
そしてその数時間後、跳躍ゲートを抜けた先には、ゼロス艦隊の姿があった。
王直属の最新鋭艦隊、戦闘艦300隻を中心とした陣形。
その中央に、レオニスの乗る旗艦〈アウレリウス〉が構える。
〈カリバーン〉とツバサもすでにそこに到着しており、通信チャンネルにはルリの声が走った。
「各部隊長へ通達。ゼロス艦隊との合流ポイントに到達しました。陛下からの歓迎通信が入っています」
「映像、開きます」
投影されたホロ画面には、軍装をまとったレオニスがいた。
冷静で鋭い視線。そしてわずかに口元をほころばせながら、こう告げた。
「〈アストロイド・クラン〉の皆、よく来てくれた。これより、我らは共に銀河の秩序を守る盾となる。誇りを持って進もう」
その一言に、全艦隊の艦橋で、緊張が溶ける瞬間があった。
戦いは避けられない。だが、戦う理由は——今ここにある。
こうして、レディア王国とアストロイド・クランは、ついに真の意味で“戦友”となった。
そして銀河は、第二の烽火を迎える準備を整えつつあった。




