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4話

 〈カリバーン〉が境界宙域の中立採掘コロニー〈ベル=ステア〉に到着したのは、ステーション離脱からおよそ十九時間後だった。


 このコロニーはもともとアステラン王国とレディア王国の間で共有されていたが、現在は事実上アステランの管理下に置かれており、レディアからの補給船はほとんど寄港していない。だが、戦争が始まる前の今であれば中立地帯として利用できる。


「艦長、入港許可が下りました。係留ドックは17番。外部通信は傍受される恐れがありますので、やり取りは手動で最小限に」


 ルリの助言にツバサはうなずいた。


「了解。ブレイカー隊をドック警備に。俺は王と一緒に地表施設の情報センターに行く。接触者がいるらしい」


 ヴォルコフが隣で端末を開く。


「ステーション内で、レディア王家関係者と名乗る人物が密かに接触を求めてきました。旧情報局関係者とのこと。内通者の可能性もありますが、排除せず会っておいた方がいいでしょう」


 情報センターの一室。監視を逃れるように設計された古い通信ブースで待っていたのは、初老の男だった。顔の右半分に火傷痕があり、着ているのは整備作業員のものだ。


「……本当に、レオニス殿下か?」


 男は跪き、深く頭を下げた。


「間違いない。顔認証も声紋も一致している」


 ルリの確認に、ツバサは周囲を警戒しながらうなずいた。


「私は元・王国情報局のマキス。いま、ベル=ステア内にはアステラン側の工作員が多数入り込んでいます。陛下の来訪は、既にリークされている可能性が高い」


「……そうか」


 レオニスの表情は変わらない。


「アステランとの交渉は、もう止められない。いま引けば、“逃げた”と見なされる。レディアは国として終わる」


 ツバサが腕を組んだ。


「そのアステラン、もし戦争になった場合、兵力差は?」


「正規軍が三倍以上。しかも、彼らには“鉄血の軍団長”と呼ばれる男がいます。名はダルマス・ヴァイン。彼が動けば、正面からでは勝ち目はありません」


 ヴォルコフが眉をひそめる。


「ダルマス……確かに名は聞いたことがある。戦歴は?」


「八年間無敗。植民地戦争、海賊掃討、反乱鎮圧。いずれも迅速かつ容赦ない。アステランにおける“戦争の番犬”だ」


「……つまり、あの男が出てくるなら、交渉は成立しない。殿下の命も危ない」


 レオニスは静かに、だがはっきりと答えた。


「だからこそ会う。私が見たいのは、“相手の本気”だ」


  *  *  *


 アステラン王国・外交庁の裏手にある静かな中庭。正式な式典は行われず、迎賓官もいない。


 レオニスは一人でその庭に足を踏み入れた。ツバサとブレイカー隊は隠密護衛として周囲に展開。ルリが遠隔でセンサーを全開にしている。


 庭の奥に現れたのは、重装の礼服に身を包んだ壮年の男。威圧感のある風貌に、無駄のない動き。そして眼光だけで部下を黙らせる、まさしく“軍団長”の風格。


「貴様が、レディアの新王か」


「そちらが、アステランの“鉄血”か」


 互いに礼もなく、視線を交差させる。


「言葉は要らん。お前の命を奪えば、それが答えとなる」


 男が外套を払った瞬間、懐から光剣が閃いた。ブレイカー隊が動く前に、レオニスが先に動いた。


 腰の短剣を抜き、足をひねって体を流しながら一閃。


 金属がぶつかる甲高い音。そして、ダルマスの肩口に浅く切り傷が走った。


「ほう……やるな」


 敵の剣が唸る。数合、鋭く交錯する斬撃の応酬。だが、一瞬の隙を突き、レオニスの刃が敵の喉元をかすめた。


 ダルマスが膝をついた。咳とともに赤い飛沫。


「これが……貴様の“答え”か……」


「違う。これが“宣戦布告”だ」


 ツバサが即座にレオニスを引き寄せ、ブレイカー隊が周囲の兵を制圧。


 非公式会談は、血の一滴によって終わりを迎えた。


 星々が戦の始まりを静かに見下ろしていた。


戦闘からわずか五分。アステラン側の施設警備が動き始めた。


「艦長、施設全体に封鎖コードが発令されました。私たちは包囲されつつあります」


 ルリの緊迫した声に、ツバサは即座に判断を下す。


「ヴォルコフ、脱出経路の再構築。ルートγ-2を使って中庭から撤退。レオニス王の生命を最優先だ。ブレイカー隊は展開して陽動しろ!」


 数分後、カリバーンへ向かう廃棄ターミナル内で、ツバサたちは強行突破を開始。密かに格納していたホバースーツで王を後方へ護送しつつ、前線ではマコが無人戦闘機を制御して追手を妨害。


 かろうじてカリバーンへと帰還すると、ツバサは叫んだ。


「ルリ、即座に発進準備! ステルス航行に移行、レディア宙域へ帰投する!」


「了解。艦内封鎖解除、出力最大。跳躍ポイントへ向かいます」


 その後、アステラン王国はレオニス王による"暗殺未遂事件"として国際声明を発表。レディア王国は真っ向からこれを否定、独自の証拠をギルド系メディアへ公開。


 中立ギルドは事態を"両国の内部抗争"として扱いながらも、徐々にレオニス側に同情的な見方を示しはじめた。


 だが、最大の変化は軍事的な動きだった。


 アステランの辺境警備艦隊がレディア国境宙域へ進出。艦隊の指揮には、ダルマス・ヴァインの副官が任命された。


 一方、レオニスは〈カリバーン〉によって無事帰還すると、わずか半日で国家非常令を発令した。王都アーク・レギオスに緊急戒厳が敷かれ、全軍への動員命令が下る。


 その中心には、王直属の防衛戦力として新設された特別任務艦隊——〈ゼロス艦隊〉があった。


 艦隊の設立は、軍令を無視して独断で王を暗殺対象とした大臣派軍閥に対する、明確な“王権の意思表示”だった。


 構成は精鋭艦隊3個戦隊+独立戦術機動部隊。レオニスは、自ら前線指揮に立つ覚悟を示し、初代総帥に就任。旗艦にはレディア技術局が改修を施した“高速多目的戦艦”が割り当てられた。


 


 帰還から三日後、王都の大議事堂〈セレスティア・パレス〉にて、王令会議が招集された。


 巨大な銀のアーチを頂いたドームに集められたのは、全国の領主、各軍管区の司令官、官僚、騎士団長、情報局幹部など、実権を持つすべての人間。


 中央演壇に立つレオニスの表情は冷徹そのものであった。


 


 冒頭、王の口から発せられたのは、粛清完了の報だった。


 「大臣派の筆頭であったアラスト=フェルグ大公は、国家反逆罪の証拠が揃ったため本日未明に拘束。首謀者および協力者、計18名の身柄をすでに抑えた。王宮からの排除は完了した」


 重苦しい沈黙のなか、レオニスは凛とした声で続けた。


 


 「この国を守るために、私は剣を取り、血を流す覚悟を持った。従う者は、私の盾となり、国の礎となれ。裏切る者は、この場で去れ」


 


 その瞬間、議事堂の空気が震えた。


 誰も立ち上がって席を立つ者はいなかった。むしろその言葉を待っていたかのように、若き士官たちが最前列で膝を突き、右手を胸に当てて忠誠を示す。


 やがて、その流れは地方領主たちへも波及する。


 「陛下の剣となりましょう」


 「我が州軍、全力をもってゼロス艦隊に協力いたします」


 「国土を守り、民を守る覚悟、ここに誓います」


 王都全域で軍の再編と動員が始まり、騎士団は王令に従い首都防衛線を構築。情報局はアステランとの戦争準備に向けた内部浄化を急ピッチで進めた。


 王国は今、かつてない“団結”へと向かっていた。


 かつて“ただの若王”と侮られ、会議では居眠りすらされた若き君主が、今や“戦う王”として人々の信頼を勝ち得ていた。


 こうして、レディア王国はゆっくりと、しかし確かに、戦争という現実へと足を踏み入れていった。


 銀河に、火の手が上がろうとしていた——その最初の烽火は、レオニスの剣から放たれたのだった。

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