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3話

 静かな警報ほど、不気味なものはない。


 フォージ・ネストよりも秩序立ったオルドリンステーションにおいて、異常が発生したのは昼下がり。ツバサが補給リストを片手にドックへ戻ろうとしたその時、耳元でルリの声が響いた。


「艦長、ステーション管制よりドック6番にて“作業事故”が発生したとの報告がありました。しかし、監視映像からは小規模な爆発、熱源反応多数、さらに発砲音も確認。通常の事故とは言えません」


「警備隊の出動は?」


「……それが、ありません。出動記録なし。応答もなし。加えて、監視ログに外部アクセスの痕跡。おそらく消されています」


 ツバサの眉がひそめられた。


「ドック6って、たしかさっき“偽名付きの要人っぽい奴”がそっちに向かってなかったか?」


「ええ、付き人の顔認証から99.2%の確率で“レディア王国王室関係者”と推定されます」


 ツバサが動こうとしたそのとき、副長のヴォルコフが背後から声をかけた。


「艦長、覚えてますか。〈フォージ・ネスト〉との緊急契約第4条。“非正規宙域での治安崩壊に際し、状況に応じた治安介入を独自判断で行ってよい”という条項です」


「それって、フォージ・ネスト内の話じゃないのか?」


「第6項に“衛星拠点・ステーションにおける拡大適用可能”と明記されています。合法です」


「上等だ。ルリ、ヴォルコフの判断に従って〈カリバーン〉名義でステーション介入を宣言。正式文書は後で送っておいてくれ」


「了解しました。宣言ログを出力、法的根拠を添付して管制局へ送信します」


「ザン、マコ、グロム。ブレイカー隊、すぐに出撃だ。標準装備でドック6へ。相手は武装集団。殺すな、制圧優先。敵の所属が知りたい」


「了解!」ブレイカー隊が即応態勢に入る。


 


 数分後、ドック通路へと足を踏み入れたツバサの目に映ったのは、異常な沈黙だった。


 ドック6番を前に、警備隊員が4人、遮蔽壁の手前で棒立ちしていた。だが様子がおかしい。銃は構えているものの、構えが緩い。


「……なぜ突入してない?」


 ツバサが声をかけると、隊長格らしき男が答えた。


「現在、状況を……評価中です。正式命令を……待っていまして」


「発砲音がしてるってのに? 怪我人も出てるかもしれないんだぞ?」


「……我々の所管外という判断です」


 その瞬間、ルリの声がひそやかに入った。


「艦長、ハッキングの結果ですが警備隊および管制局職員の一部に“大臣派”と資金取引を行った記録が見つかりました。ドック6番に関しても“非干渉”という命令が裏で通達されていたようです」


 ツバサは無言で警備隊の脇をすり抜ける。銃を構えられることもなく、ただ見送られた。


「ルリ、状況報告をギルドにもコピーしておけ。後で揉めないようにな」


「了解しました」


 


 やがて、ドック6番前にブレイカー隊が集結。青銀色の装甲をまとったザンとマコとグロムが、パワードスーツの駆動音とともに戦闘態勢に入る。


「敵は暗殺部隊の可能性あり。初撃は気絶弾。非殺傷で制圧しろ。要人が巻き込まれてたら保護最優先だ」


「了解!」


 シャッターが開かれ、閃光弾が放たれる。白光の中、ブレイカー隊が突入した。


 


 ドック内は地獄だった。輸送用シャトルの周囲には黒装束の男たちが配置され、倒れた作業員の上を踏み越えていた。火花を散らすコンソール。煙と血の臭い。——だが、中央でただ一人、フードを被った若き王が、毅然と立ち尽くしていた。


「な、なんだこいつら!」


「傭兵艦か!? 聞いてないぞ!」


 悲鳴を上げる敵に対し、マコの衝撃弾が正確に命中。グロムは片腕のブレードで銃を弾き飛ばし、逆腕で拘束。


 わずか3分で、すべてが終わった。


 


 暗殺者たちは全員無力化。ルリの報告が届く。


「敵勢力制圧完了。死者ゼロ、全員拘束済み。ドック環境、正常範囲に回復中です」


 ツバサはシャトルへと歩み寄り、フードの男と視線を交わす。青年は静かにフードを外し、彼がただの民間人ではないことが一目で分かった。

 制圧後のドック6番は、静けさを取り戻していた。


 火花の収まった床に散乱する暗殺者たちの影。その中心に立つ若き男が、ゆっくりとフードを外す。凛とした顔立ち、王族特有の静かな威厳を湛えたその人物は、まさしくレディア王国の王——レオニス三世だった。


「君が……この混乱を鎮めたのか?」


 レオニスの問いに、ツバサは肩をすくめた。


「偶然通りかかっただけです。まあ、ドックで爆発音がしてるのに警備が動かないとなりゃ、誰でも怪しむでしょう?」


 王は微かに目を細めた。


「それに気づける者が、今この場にいてくれて助かった。私は……“この星”から出なければならない。正式ルートは封じられたが、隣国と会談を取りつけてある。内通する大臣派が妨害してくるのは分かっていたが……予想以上だった」


「聞きたいことは山ほどありますが、まず確認させてください。俺に何を求めます?」


「私を、隣国——アステラン王国へ護衛付きで送り届けてほしい。可能なら、そちらの船で」


 ツバサは一拍、目を閉じて深く息を吐いた。


「護衛か。それも王を乗せて、軍備強化中の敵地へ向かうと……普通なら断りますね」


「では条件を提示してくれ」


「20億クレジット。それが俺の言い値です。前払いは求めませんが、契約書の形だけは確実に」


 その瞬間、同席していたルリとヴォルコフが目を見開いた。さすがに強気すぎる数字だった。


 だが、レオニスは一切動じず、むしろ安堵のような表情を見せた。


「わかった。支払いは王家予備資産から一部、残りは未来予算と王族個人資産から分割で手配しよう。契約書を交わしてくれるなら、それで構わない」


「……は?」


 ルリの声がすっ飛んだ。


「繰り返します。艦長、彼は“構わない”とおっしゃいました。額の確認は二度しましたが——」


「契約書を用意してくれ、ルリ」


「は、はい!」


 


 艦内会議室。簡素な長机の上に、投影式の契約パネルが光を放つ。


 契約条項は詳細にわたり、護衛対象の優先順位、責任範囲、支払い計画、任務終了の条件などが網羅されていた。


「私の名で署名する。――レオニス・アーヴ・レディア王国第三王、正式に依頼する。君の艦と君の判断で、私を運んでほしい」


 ツバサは無言で契約欄にサインした。


 赤い光が瞬き、電子印章が契約を確定させた。


  契約を交わした直後、ツバサはルリを通じてオルドリンステーション管制局へ通信を要求した。ドック6番での事件を“無許可で鎮圧”した彼の立場は、形式上は微妙なものであり、このまま出航すれば後々摩擦が生じる可能性もあった。


 しばらくして、映像チャンネルに管制主任が姿を現す。初老の男で、仮面のように感情の読みづらい顔をしていた。


「艦長〈カリバーン〉、衛宮ツバサ殿。非常事態であったとはいえ、許可なくステーション治安に介入された件について、報告義務があるとご理解いただきたい」


 ヴォルコフが横で腕を組んだまま呟く。「お決まりの儀式ですね」


 ツバサは一歩前へ出て答える。


「もちろんだ。だが、あの時、現場で誰も動いていなかった。貴局の警備隊が“所管外”だと判断していたログもこちらに残っている。俺たちは“独自判断による危険排除”を行ったまでだ」


 管制主任はしばらく沈黙し、ため息をひとつ。


「……どうやら、あの現場は確かに不自然な命令が通っていたようだ。我々の内部にも調査が入ることになるだろう」


「つまり?」


「あなた方の対応が最適だったことは否定しない。ステーションとしても、事を荒立てるつもりはない。むしろ、結果として王族の命を救った功績は大きい」


 主任はモニター越しに軽く頭を下げた。


「よって、今回の件は“不問”。加えて、〈カリバーン〉のステーション出航は全面的に許可する。今後、オルドリンに寄港される際の優先ドック使用権も提供しましょう。……非公式にではありますが、感謝も伝えさせてもらいます」


 ツバサは軽く頷いた。


「礼は王に言ってくれ。俺は契約を遂行するだけの傭兵だ」


「その姿勢、実に頼もしい。良い航海を」


 通信が切れると同時に、管制局からの正式な出航許可と航路クリアランスが艦橋に送信された。


「艦長、航路承認が下りました。オルドリンステーション、ドック7より出航可能です」


「了解。ルリ、出航手続きを進めろ」


「はい、優先チャネルで進行中です。なお、ギルド側にも今回の対応を通報済み。ギルド信用値が大きく上昇しました」


「へぇ……悪くない」


 その夜、〈カリバーン〉艦橋では、ルリがルート構築のために星図を展開していた。


「隣国アステランとの境界宙域には中立ポイントが2つ。民間採掘コロニー〈ベル=ステア〉と、旧貨物ドリフトルート〈γ線中継ノード〉。後者は現存記録が曖昧ですが、利用可能ならステルス移動が可能です」


 ヴォルコフが地図に目を走らせながら言う。


「中継ノードはリスクも高いが、完全に監視を外れる可能性がある。どうする?」


 ツバサは王に向き直った。


「安全を取るか、早さと隠密を取るか。選んでください、陛下」


 レオニスは少しだけ考え、静かに言った。


「私にとって一番大事なのは、“生きて辿り着くこと”だ。時間がかかっても構わない。安全な方を選んでくれ」


「了解。なら中継ノードは回避し、コロニー経由で進みます。ブレイカー隊は戦闘態勢を維持、セイバー隊は随伴飛行で後衛警戒」


「準備が整い次第、出航しましょう」


 


 艦橋の照明が戦闘モードから航行モードへと切り替わり、〈カリバーン〉は静かにオルドリンステーションを離脱した。


 しばし無言のまま、宇宙の星々を眺めていたツバサに、レオニスがふと語りかける。


「……少し話をしてもいいか?」


「どうぞ。聞き役は得意なんで」


「私はまだ即位して日が浅い。父は“病死”とされているが、真相はおそらく暗殺。大臣派が動いているのは明白だった。だが私には、動かせる兵も信じられる者もほとんどいなかった」


「それでも、敵国に向かうことを選んだ?」


「和平でも降伏でもない。戦うための対話だ。隣国がこちらを属国にしようとしているなら、逆に私が飲み込むべきだろう? そのために、まず本音を聞き出す。――そして、宣戦するかどうかを、私が決める」


 その眼は、若き王とは思えぬほど強く、澄んでいた。


「思ったより肝が座ってるな」


「思ったより頼れる傭兵だった」


 二人は微かに笑った。


 


「艦長、航路クリア。目的地ベル=ステアまでおよそ18時間。長距離加速に移行します」


 ルリの声が響くと、ツバサはゆっくりと操舵桿を握った。


 船が加速し、星々が引き延ばされていく。隣国との戦端、その火種を胸に抱えながら、銀河の海を突き進む。


(あの20億の契約が、どこまで俺たちを連れていくのか――)

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