第9章-招待状-
カズマはいつも通り、日常を終えた。帰宅後、部屋に入るとテーブルの上に何かが置かれていることに気づいた。それは、普段見慣れた物ではなかった。白い封筒が一枚、静かに横たわっていた。
手紙?
不安な気持ちを抱えながらも、カズマはその封筒を手に取る。何の前触れもなく、差出人がわからないまま届いたこの手紙に、胸騒ぎを覚える。しかし、ふと中身が気になり、封を切ってみることにした。
中には、短く簡潔な文が書かれていた。
-カズマ・ナカムラさんへ-
深夜二時、システムに認知されぬよう端末は持たず河川敷へお越しください。
-案内人より-
その言葉を目にした瞬間、カズマは心臓が早鐘のように高鳴るのを感じた。あの男、案内人からの招待状だ。深夜、システムに監視されないようにと書かれているが、果たして本当にそんな場所で会っても大丈夫だろうか、まだ名前すら知らぬ相手に不信感が募る。
カズマはテーブルに置かれた手紙を何度も見返しながら、心の中で葛藤していた。
「そもそも差出人は本当にあいつなんだろうか。」
いや、そこは間違いなくあの男だ。やすい家賃のアパートとはいえシステムのセキュリティが作動している部屋へなんの痕跡も残さず侵入するなんて事が一般人にできる訳がない。
しかし、だとしたら尚更なぜこんな回りくどいやり方で接触を?この前のように直接会いに来る方がよっぽど
話がはやい、やはり何かの罠か?考えれば考えるほど怪しく思えてくる。
だが、あの男の言う「天啓」や「兆し」と言う言葉がどうしても気になっているのも事実。
夜の時間が迫ってくる中、カズマは再び手紙を手に取り、息を深く吸ってから、小さな決心を固める。
「…行くか。」
時計は二時を指していた。カズマは静かに扉を開け、何も持たずに家を出た。無機質な街並みを歩きながら、すべてが最適化された世界の中でただ一つ、確かに違和感を覚えさせる何かが自分を引き寄せている。それが、どこへ導くのかを知りたかった。
歩くことしばらく、河川敷に到着した。
辺りにはほとんど人影が見当たらない。街灯が薄く照らすその場所で、カズマはふと息をのんだ。その瞬間、背後から声をかけられた。それは、あの男、案内人だった。
カズマはその男の姿をしっかりと確認し、息を呑む。今、目の前にいるその男には、どこか得体の知れない何かがある。案内人は、無言でカズマに向かって歩み寄ってくる。
「あなたは来てくださると思っておりましたよ、カズマさん。」
案内人の声は、夜の静寂の中でもしっかりと響いてきた。カズマは目の前の男をじっと見つめながら、やっとの思いで口を開いた。
「正直ギリギリまで行くか迷ったよ。」
案内人はその問いに対し、にっこりと笑いながら言う。
「知っていますよ、見ていましたからね。」
その言葉に、明らかに警戒を強めるカズマを見て案内人は「冗談ですよ」と続けた。
案内人は冗談だと言ったがカズマの不信感は高まる一方だ。
どこまで本当のことを言っているのかわからない、この男なら本当にどこかから俺を監視していたのかもしれないと知り合ってまもないながらもカズマは思う。
そして次の瞬間、案内人は手を広げて示すように、暗闇の中を歩き出した。
「では行きましょうか。カズマさん、準備はよろしいですか?」
カズマは一歩踏み出し、案内人の後を追い始めた。どこへ向かっているのか分からないが、今、この瞬間に踏み出した足が、これからの全てを変えていくのだろう。
暗闇の中、案内人の笑顔は、どこか不気味に感じられた。それでも、カズマはその後ろに続いて歩きながら、心の中でひとつの決意を固めていた。