第8章-完璧に潜む影-
地下施設の冷徹な光が、ひときわ暗い廊下を照らしていた。どこもかしこも、白い壁に囲まれ、無機的な冷たさが支配している。施設内は、あらゆるセキュリティと監視システムに囲まれており、一般人が足を踏み入れることなど決して許されることはない。だが、そこに立っているのは、全く異質な存在――案内人だった。
彼は、目の前に広がる厳重な扉を、何もなかったかのように通り抜けていく。扉の前で一瞬、セキュリティシステムが異常を検出したように反応したが、それも無駄だった。案内人は、まるでこの施設そのものの一部であるかのように、監視システムに一切気づかれることなく進み続けた。
彼の目には、すべてが計算尽くで映っていた。システムの最深部、そこで彼が必要とするもの――それは、システムの「核心」に隠された、不安定な『バグ』だった。どんなに洗練されたセキュリティがあろうとも、彼はその存在を知っていた。知識、そして時間。すべてが今、彼の掌の上で繋がった。
無数の扉を通り抜け、ついに案内人はシステムの「最深部」に辿り着いた。そこには、施設の最重要部門が存在し、その内部には無数のデータが流れ込む巨大なサーバールームが広がっている。データの流れが一目で分かるような複雑な回路が、施設の中枢を形成していた。
案内人は立ち止まり、その場で深く息を吸い込んだ。これから行うことは、決して簡単なことではない。それでも、彼には恐れるものなどなかった。彼の手のひらを掲げると、その掌に奇妙な光が集まり、静かに光り輝いた。その光が広がり、周囲の空間を震わせる。
「この世界の不完全さ、バグはすべてここに繋がっている。」彼の声は低く、どこか哀しげな響きを持っていた。彼は、目の前にある膨大なデータの中から、ひとつの微細な変動を掴み取った。それは、システムが完全であり続けるためには絶対に必要な、不可視の歪み――「バグ」だった。
案内人はその「バグ」を引き寄せるようにして、指先でデータの流れをいじった。その瞬間、システム全体に微細な揺らぎが生じる。警報が鳴ることもなく、何も変わったようには見えない。ただし、彼の目にはその変動が明確に映っていた。それは、まさにこの世界を成り立たせるために存在する不安定なエネルギーのようなもの。
「君たちが目を背けている、真実の根源…」案内人は自らに語りかけるように呟いた。「完璧を追い求めるあまり、最適化を試みる中で無意識に生まれるこの歪み。それこそが、『バグ』という名の真実だ。」
案内人は、システムの心臓部に存在する「バグ」をひとしきり弄びながら、しばらくその場に立ち続けた。そこにいたのは、彼以外には誰もいない。全てが最適化された世界の中で、ただ一人、システムの不安定さを感じ取り、その存在を引き寄せることができる存在。それが案内人だった。
彼は微笑む。冷徹で、無慈悲な微笑み。
「この『バグ』は、決して消し去ることができない。最適化された社会が完全であり続ける限り、この歪みを受け入れ、育てなければならない。君たちはその『バグ』を知らないだろう。しかし、いつかその時が来る。」彼はその場を後にする準備をしながら、深く息を吐いた。「そして、いずれそれが世界を変える。」
案内人は、再びその無人の施設から静かに去って行った。その足音は、何も残さずに消えていった。
だが、その後に残されたものは――システム全体に潜む一筋の歪み。いずれ、それが世界を揺るがすことになると、案内人は確信していた。