第7章-兆し-
あれから男の言葉が頭から離れなかった。
あの時の目線、言葉の響き、その全てが何か大きな意味を持っているような気がしてならなかった。周囲の無機的な世界が、ただの「最適化された日常」に過ぎないことを痛感させられたからこそ、カズマは今、自分が何かを見落としているような不安と共に歩いている。
通勤の途中、普段通りの風景が広がる。無表情でスマートフォンを手にした人々が、ひとりひとり通り過ぎていく。しかし、カズマの目には、今日それらの人々がまるでロボットのように見えた。AIによって最適化されたスケジュールをこなして、ただ無意味に時間が流れていく。
「彼は一体何者で、そもそもなぜ俺の思っている事を知っていた?」
カズマは自問自答しながら、ふと目をやると、目の前の交差点にある信号が赤になった。信号待ちをする中で、またしても奇妙な違和感が胸に湧いてきた。周囲の人々が、まるで同じタイミングで動くように、それぞれの道を渡る。だが、カズマの心は、どこかそれらの動きに共鳴しない。
そして突然、目の前に現れたのは、あの男だった。カズマは瞬時に息を飲み、その男が自分を見つめていることに気づく。
男はにっこりと微笑んだ。その笑顔は、どこか温かいが、どこか不安を感じさせる。
「そんなに警戒しないでください、言ったでしょうまた会いに来ると。」
前回同様突然現れ話す始めた男に困惑しつつカズマは言う。
「今日は何の用だ」
男はにこやかに話を始める。「時間も勿体無いので早速本題に、前に話したあなたの感じているその違和感、それは1つの兆しなんです。」
カズマは男の言葉に耳を傾けながら、心の中で疑問を深めていく。「兆し?」
男は再び微笑んだが、その微笑みはどこか寂しげだった。「そう、そしてそれは本来なら人類が皆受けることのできる天啓です。」
そして突然、男の声が少し低くなり、空気が一変した。「でも、気を付けて。君がそれを追い求めるなら、簡単には戻ることは許されません。それ相応の代償が必要です。」
カズマの胸が、どこか重くなる。代償――その言葉が、何か重大な決断を意味しているように思えた。
「代償…?」カズマはその言葉を口に出してみたが、男は少しだけ黙り込んだ後、再び目を合わせた。
「代償とは、単に何かを失うことではない。君が目指す未来、その先に待っているものを選ぶ覚悟を持つことです。」
その言葉がカズマの胸に重く響いた。目の前で微笑んでいる男が、何か大きな選択を迫っているような気がしてならなかった。
そして、男は最後に言った。
「もうすぐ、あなたには選択の時が来る。その時、またお会いましょう。」
その言葉と共に、男は静かに歩き去っていった。カズマはしばらくその背中を見つめていたが、やがて深呼吸をし、再び歩き始めた。
目の前に広がる日常の風景。何も変わらないように見えるその風景の中に、カズマは一つの疑問を抱えたまま、足を進めていた。
「兆し...天啓...童話でしか聞かないような単語ばかりだ。」
答えが見えないまま、カズマの足取りはまた一歩進んだ。