第5章-日常の中の違和感-
翌日カズマは、朝の通勤ラッシュに揉まれながらも、いつものように目の前の風景を無感情に眺めていた。自動運転車が規則正しく行き交い、歩行者たちは無言でスマートフォンの画面に目を落としている。誰もが、それぞれの役割を果たし、日々を淡々とこなしている。
いつも通りシステムに言われるがまま業務をこなし仕事を終えたカズマは端末が伝えてきた帰宅ルートに従って昨日と何も変わらず家へと向かう。
しかし、そんな日常が続く中で、ほんの少し、何かが違う気がしていた。
その「違和感」に最初に気づいたのは、途中の信号待ちのときだった。周囲の人々は相変わらず、スマートフォンに目を落とし、ただひたすらに自分の道を歩いている。しかし、その中に、ひとりだけ目を合わせてくる人物がいた。
カズマは驚いてその人物の目をじっと見返した。相手は、普通の歩行者のように見えたが、何故かその視線に強い引力を感じた。だが、すぐにその人物は、何事もなかったかのように歩き去ってしまう。
「ただの錯覚だろうか…?」
カズマは首をかしげながらも、その瞬間の違和感を忘れようとする。しかし、心のどこかで、その視線が気になって仕方がなかった。
帰宅後、いつものように家に帰ると、端末が迎えてくれる。「おかえりなさいませ、カズマ様。今日も無事に一日を終えました。」その言葉に、カズマは何の感情も抱かず、リビングに向かう。食事が準備され、カズマは何も考えずにそれを口に運ぶ。
だが、その日の食事は、いつもと少し違って感じられた。栄養満点で無駄のない食事。しかし、どこか、心に空虚さが広がっているような気がした。普段なら気にも留めないはずのその感覚が、今回は強く心に残った。
食事を終え、カズマはテレビをつける。画面には、昨日と同じニュースが流れている。今日も、どこか遠くで起こった出来事が、淡々と報じられていく。しかし、カズマはそのニュースを見ながら、ふと感じることがあった。
「こんな物を見てなんになるんだ?」
そう、結局のところ全ての情報を踏まえシステムが決めることでこの世界は回っている以上どんな情報媒体を見ることにも意味はないのだ。
その瞬間、カズマの思考は一瞬だけ途切れた。何故か、今まで感じたことのない、強い違和感が胸に広がっていく。それは、まるで自分の周りの世界が何かに操られているような、そんな感覚だった。
「どうしてこんなことを考えてるんだろう」
カズマは深く息をつき、頭を振った。今までシステムへの不満がなかったわけではない、だが最終的にはシステムに従うことでこれまでの人生はなんの問題もなく理想通りのなんの不自由なく過ごせてきた。
なのにどうして今更こんな事に頭を悩ましているんだろうか。
そして、その夜。カズマがベッドに横たわり、暗闇の中で目を閉じると、再びあの人物の目が浮かんできた。あの、信号待ちで目を合わせてきた人物。あれは、ただの偶然だったのだろうか?
その人物の目を、もう一度思い出したとき、カズマは何かを感じた。何か、これまでとは違う、何か重要なことを見逃している気がしてならなかった。
「ただの錯覚だとしても…」
カズマはその思いを胸に、再び目を閉じる。だが、寝つくことはできなかった。暗闇の中で、目を開けていると、何かが自分を見守っているような気配を感じる。まるで、この世界そのものが、カズマを試すように、じっと見つめているかのようだった。
その夜、カズマは深い眠りにつくことなく、ただその違和感に包まれていた。