エピローグ
村が救われてから数週間が経った。武装集団が戻ってくる気配はなく、村人たちの表情にも徐々に安堵が広がっていった。村の中では、カナとレンが村を救った立役者として語り継がれるようになったが、二人はそんな称賛を素直に受け取ることはなかった。ただ静かに、平和になった村の日常を噛み締めていた。
ある朝、カナは早起きをしてベランダから村を見下ろしていた。朝日に照らされた穏やかな風景は、かつて幾度となく失われた未来とは大きく違っていた。家々からは湯気が立ち上り、畑で農作業をする村人たちの姿が見える。子どもたちの笑い声が遠くから聞こえてきて、まるでこの村が過去の悲劇を忘れたかのようだった。
レンが寝室から顔を出すと、カナを見つけて微笑んだ。
「おい、こんな朝早くから何してるんだ?」
「ただ、眺めてたの。……こうして平和な朝が来るなんて、信じられないよ。」
レンはカナの隣に立ち、彼女と同じ方向を見つめた。
「それもこれも、カナのおかげだろ?あんな計画を思いつくなんて、普通じゃできないぞ。」
「そんなことないよ。私一人じゃ無理だった。村の皆や……何より、レンが一緒にいてくれたからできたの。」
カナは微笑みながらレンを見上げた。彼がそこにいること、それ自体が奇跡のように思えた。何度も彼を失い、絶望し、死に戻りを繰り返した日々。あの苦しみを超えた先に、この平穏があることが、ただ嬉しかった。
カナはこの世界に戻ってきた最初の日から、何度も未来の記憶を思い返していた。レンが命を落とす運命を変えるために何をすべきかを考え、試行錯誤し、時には絶望もした。それでも諦めなかったのは、レンが彼女にとって唯一無二の存在だったからだ。
未来の記憶は消えることなく、今もカナの中に鮮明に残っている。あの時の苦しみや悲しみは、彼女の心に深い傷跡を残したが、それがあるからこそ、今を大切にしようと思えた。
「ねえ、レン。」
「ん?」
「もし、私が未来から来たって言ったら……信じる?」
レンは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「未来から……?そんなこと言われても、信じられるわけないだろ。でも……」
そう言って彼はカナの肩を軽く叩いた。
「カナが言うなら、そうなんだろうなって思うよ。お前が未来から来て、この村を守るために頑張ったって言うなら、俺はそれを信じる。」
「……ありがとう。」
それ以上、カナは何も言わなかった。ただ、未来の記憶を知るのは自分だけでいいと思った。それが彼を守るための選択だと信じているから。
夜になり、カナとレンは村外れの丘に並んで腰を下ろしていた。二人の上には満天の星空が広がっている。
「これからどうする?」とレンが尋ねると、カナは少し考え込んだ。
「……う〜ん。この村で暮らしながら、何か村の役に立てることを探そうかな。あとは、レンと一緒にいられれば、それでいいよ。」
レンは少し照れたように笑いながら、「それが一番だな」と答えた。
「でも、これだけは覚えておいて。何があっても、絶対にレンを守るから。」
カナの言葉に、レンは優しく笑みを浮かべ、そっと彼女の手を握った。
「俺も、お前を守るよ。どんな未来が来たとしても。」
星空の下で二人はしっかりと手を繋ぎ、ただ静かに未来への希望を胸に抱きしめた。こうして、カナとレンの長い戦いは幕を閉じ、二人は新たな日々を歩み始めた。
運命を超えて守り抜いたこの村と共に、二人の未来は穏やかな光で満たされていた――。