第一話
彼女のカナにとって、彼氏のレンはすべてだった。温かく、優しく、どんなときでも笑顔で包み込んでくれる存在。孤独だった彼女の心に、彼だけが光を差し込んでくれた。
カナとレンはお互いに似ていた。どちらも親を早くに亡くし、村では疎まれ、孤独の中で生きてきた。そんな二人が出会ったのは偶然だったが、その偶然が、どれほど幸運だったかは二人とも知っていた。二人は助け合い、支え合いながら生きてきた。カナにとってレンは家族であり、恋人であり、人生そのものだった。そして2人は疎まれ続けた村を脱出し、別の村で幸せな生活を送っていた。
だが、その幸せは突然終わりを迎える。
「レンが……死んだ?」
武装集団に襲われ、レンはその巻き添えで命を落としたと告げられた。カナは信じられなかった。つい昨日も彼は笑顔で、「今度の休みは遠出しよう」なんて話していたのに。
葬儀を終えても、涙は止まらなかった。夜になると、彼の声が聞こえた気がして振り返るが、そこには誰もいない。彼の温もりも、笑顔も、二度と戻らない。
「……もう無理だよ」
どれだけ泣いても、どれだけ悲しんでも、レンは帰ってこない。それなら自分も彼の元へ行きたい。そう思ったカナは、ある日川辺に向かった。冷たい風が吹き抜ける中、川の深い流れをじっと見つめる。
「待っててね、レン。すぐに迎えに行くから」
カナは静かに川に身を投げた。冷たい水が体を包み込み、意識が遠のいていく中、最後に浮かんだのはレンの笑顔だった。
目を覚ますと、眩しい光が差し込んでいた。体に触れる布団の感触と、どこか懐かしい部屋の匂い。カナはゆっくりと目を開け、天井を見上げた。
「……え?」
そこは、1年前に住んでいた家だった。村の一角に建つ古い家。出ていったはずの場所だ。
「なんで……?」
カナは混乱しながら部屋を見回す。部屋の内装も置物も見覚えのあるものばかりだ。窓から差し込む光も、あの頃と変わらない。
彼女は慌てて頬をつねってみるが、痛みはリアルだった。
「夢じゃない……の?」
さらに驚くことが起こる。階下から誰かがドアを叩く音が聞こえたのだ。
「カナ、大丈夫か?」
その声に、カナの体が硬直する。それは間違いなくレンの声だった。
ドアを開けると、そこにはレンが立っていた。変わらない優しさを湛えた瞳。
「お前、ずっと部屋に閉じこもってるから心配したんだよ」
レンは困ったように笑いながら、手に持った包みを差し出す。中にはパンとリンゴが入っていた。
「食べないとダメだぞ。お前、ちゃんと食べないとすぐ倒れるからさ」
カナはその瞬間、涙があふれ出した。
「レン……なんで……」
「なんでって、何の話だ?」
レンは不思議そうに首をかしげる。彼には未来の記憶なんてない。
カナは理解した。自分は過去に戻ってきたのだ。
未来の記憶を持つカナにとって、それは希望であり、同時に苦しみでもあった。レンの死という運命を知る自分が、この時間の中で何をするべきなのか。
レンは再び笑顔で言った。
「外、散歩しないか?ちょっといい景色の場所、見つけたんだ」
その笑顔を見たカナは、未来を変えられるかもしれないという微かな可能性に賭けることを決めた。
「絶対に、レンを死なせない」
心の中でそう誓いながら、彼女はそっと彼の手を取った。これが新たな始まりになることを信じて。