6 離れザル
俺はゲグナル。誇り高き竜人一族の狩人である。先日、族長のハシムサンから西の大いなる木の麓に住み着いたサルを狩るよう命令された。そのサルは何処ともなくいきなり現れ、我が一族の狩場の西端に住み着いたようだ。1匹で住んでいるので、離れザルなのだろう。離れザルなどほっといても、そのうち死ぬ。そんな弱い存在だ。わざわざ私が出向いて狩る必要などないに決まっている。俺は族長に不満を述べたが、命令は覆らなかった。族長は優しく調べなければんらない理由を説明してくれた。
ハシムサン「ゲグナルよ、離れザルはどうして生まれるか知っているか」
ゲグナル「幼体成人の儀で取り逃がしたサルが離れザルになります」
ハシムサン「我らは今年は2回成人の義を行ったが、サルは狩りつくした。お陰で10人が成人できた。豊作の年であった。逃がしたサルはいない。では大いなる木に住み着いたサルはどの部族が取り逃がしたと思う」
ゲグナル「西の部族と考えるのが妥当でしょう」
ハシムサン「今年はもう1カ月で終わる。西の部族は群れザルを見つけ、幼体成人の儀で使うサルを取れると思うか」
ゲグナル「西の部族の狩場は起伏が多いので、群れザルは通りたがりません。無理ではないかと思います」
ハシムサン「取り逃がしたサルを狩れば成人の儀は完了し、サルを狩った幼体は成人できる。取り逃がしたサルを狩るため、西の部族が我が部族の狩場に侵入すると思わぬか、そして、それを許せるか」
ゲグナル「確かに、見逃していました。我が部族の狩場で、他部族が幼体成人の儀を行うなど許せる訳はありません」
ハシムサン「両部族の安寧のため、離れザルは我らで始末する。良いか」
ゲグナル「承りました」
ハシムサン「ゲグナルよ。一つ忠告を与える。そなたは離れザルを甘く見ている。幼体は知恵こそないが、素早さは成人の狩人でもてこずるほどだ。その幼体達から逃げおおせたのが離れザルだ。サルの身体は弱いが知恵がある。幼体の群れから逃げおおせる知恵があるということだ。そなたは我の孫、来年は嫁をめとる大事な時期だ。経歴に傷を付けてはならぬ。慎重に狩れ」
ハシムサンは俺の母の母だ。慢心した俺の心根を心配してくれていた。俺はオババのハシムサンの期待に応えたかった。まづ、離れザルは夜中に狩る必要がある。西の部族が離れザルに見張りを付けている可能性がある。昼間に狩れば見張りに見つかり、西の部族と揉める可能性があるのだ。夜中であれば見張りは付いていない。見張りも寝ている。
俺は2回、離れザルを自分の目で直接確かめた。住処の状況から考えると、奴はこの地に住み着いている。夜は硬い卵の殻の中に潜り込み寝ているようだ。狩るには卵の殻から追い出す必要がある。少し面倒だが、脅せば卵の殻から飛び出してくるだろう。脅すには人数がいる。ハシムサンに頼み若手の狩人を12名用意してもらった。今夜、離れザルを狩ろう。
* *
時刻は10時になろうとしていた。夜の自由時間を利用し、私は専門の軌道工学の教科書を読み直していた。
デイ「恐竜が現れました。東、1000m、人数は13人です」
『第1級戦時体制を宣言』
デイ「第1級戦時体制を追認」
私は乗員シートから飛び起き、モニターで恐竜の状況を確認した。モニターには恐竜を示すマークが表示されていた。先頭の3人は速度を緩めることなく救命ボートに向け走ってくる。速い。30秒で3人は救命ボートに到着し、50m離れて、救命ボートを取り囲んだ。後の10名は森の中にまだ留まっている。
デイ「森の中から音が聞こえます。何か作業をしている模様です」
『音を聞かせてくれ』
音は最初ギーギーギーギーと1分ほど聞こえ、次にズドンと地響きが聞こえる。それが2回繰り返された。恐竜たちは2手にわかれ行進してきた。モニターに行進してくる恐竜達が映し出された。何か長いものを運んでくるのが見える。
『デイ、何を運んでいると思う?』
デイ「丸太と推測します」
『私も丸太に見える』
恐竜は2班に別れ、長さ13m、直径0.6mほどの丸太を抱えて行進してくる。私は嫌な予感がした。
『ドローン発進、上空100mで待機、ドローンはレーザー銃の照準を補佐、レーザー銃起動、丸太を運ぶ恐竜を優先でロックオン』
デイ「了解」
恐竜の1班は100m手前で速度を落とし止まったが、もう1班は逆に速度を上げ、救命ボートに突進してきた。そして丸太を救命ボートに打ち付けた。ズドンと大きな音と共に、救命ボートが揺れた。
『レーザー銃で応戦』
デイ「了」
1秒間に3発の速さでレーザー銃は恐竜に照準を合わせ撃ち抜いていく。レーザー弾の当たった恐竜は叫び声をあげ、その場に倒れ伏し、のたうち回っている。恐竜たちはレーザー弾が当たっても死んでいない。レーザー弾のエネルギー量では威力が弱く、恐竜の鎧や外皮を貫けていないのだろう。
しかし、レーザー弾が当たった恐竜は戦意を喪失していた。立ち上がると同時に一目散に逃げ出した。
レーザー銃は逃げる恐竜を背後から狙い撃ちしている。レーザー弾が当たる度に恐竜は叫び声を上げ、もんどりうって転がるが、すぐさま立ち上がり逃げていく。
『レーザー銃、撃ち方やめ』
デイ「了」
『ドローンを上空千mまで上昇させ、恐竜の動向を監視せよ』
デイ「了」
ばらばらの方向に逃げた恐竜であったが、徐々に東方面に移動し、2時間後には救命ボートの東2kmの地点に集結した。しばらく、その地点にとどまっていたが、夜明けと共に更に東方向に移動していった。しかし、移動していくのは10人のみで、3人は集結地点から移動しなかった。
拠点でも作るつもりだろうか、こんな目と鼻の先で、拠点など作られてはたまらない。ドローンを集結地点の上空100mに移動させ、動向を探った。
赤外線で見ると、集結地点の恐竜の体温が低くなっている。そして全く動いていない。
『集結地点の3人の恐竜の体温が低下している。デイの意見を聞かせてくれ』
デイ「死んだと見るのが妥当でしょう」
『恐竜達の生死を確かめるため、現地に行く。問題は無いか』
デイ「現地の恐竜に近づく前に、遠距離からライフル弾を撃ち込んで、死亡を確認することを推奨します」
『了解』