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46 暗殺者

帝立軍職養育学校は幼年より軍の中堅下士官を教育、育成する目的で建学された。3歳から12歳の生徒が学ぶ。学舎と共に寄宿舎があり、生徒は全員寄宿舎で生活する。「帝立」からわかるように学校運営の資金は全て皇帝が支出している。帝立軍職養育学校は表向きの建学目的とは別に、耳目声の養成機関である。入学する3歳児は全て、一般家庭からさらった子である。この子らは10年間、耳目声となるよう育てられる。耳目声の任務に支障が出ないよう、生徒は2次性徴が始まる前、男は10歳で、女は9歳で断種される。13歳で学校を卒業すると同時に、胸に皇帝印の入れ墨を刻まれ、一人前の耳目声となる。


ジュディは授業が始まるのを待っていたが、いつもは定刻通り教室に入る暗号学の先生はなかなか姿を現さなかった。代わりに校長が教室に入ってきた。


校長「皆さんに皇帝陛下より勅命が下りました。陛下は皆さんに魔王および魔弟の暗殺を命じました。以降の授業はありません。代わりに暗殺訓練を受けてもらいます。魔王や魔弟の暗殺の成功率は低いので、何回も試みなければ達成できないでしょう。そこで皆さんを第1班から第10班に分けます。第1班が成功しなければ第2班が、第2班が成功しなければ第3班が、という順序で魔王、魔弟を狙います。今からくじを引いてもらいます。くじには1から10の番号が書かれています。引いた番号が自分の班です」


くじを引いた。番号は1番であった。タロやギムあたりなら大喜びするだろうが、ジュディには何の感想も無かった。自分が耳目声に成ることを義務付けられていることを自覚した時点で、既に生への希望を無くしていた。

耳目声は自分の命を皇帝のために捧げよと教え刷り込まれる。皇帝に自分の命を捧げることは無情の喜びだとも教えられる。ジュディは誰にも話していないが、皇帝に自分の命を捧げるなどバカらしいと考えていた。しかし、運命のレールを走る自分は、敷かれたレールを外れて走ることはできなかった。


各班には3名の耳目声が加わり暗殺チームが作られた。命令者の耳目声から暗殺シチュエーションの説明を受けた。

班員は全員奴婢として魔弟に面会する。班員は5人、2列で頭地の礼を魔弟に捧げる。この状態から魔弟を暗殺する。班員は全員が奴婢なので裸である。持てる武器はない。そして暗器も種類が限られる。最終的に選ばれた暗器は針竜の針、この針に黄毒カエルのイボ毒を塗る。針竜の針は10cmくらいある。針竜の針は髪の毛の中に隠すのだが、男の奴婢は丸刈りのため、隠す場所がない。女の奴婢は長髪が許されるので女の奴婢が暗殺の実行者となる。1班には5名の女がいるが直毛は2人、ジュディとタラの2人が候補に上ったが、タラは既に2次性徴が始まり、機敏さを失っていた。こうしてジュディが暗殺の実行者に選ばれた。

暗殺実行者が決まり、他の9人に役割が割り振られた。ジュディが左利きのため、ジュディは前列左から2番目に位置取る。頭地の礼の最中に、前列右端が奇声を上げ、血を吐きもがき苦しみだす。演技ではなくキリ毒のカプセルをかみ砕く。キリ毒は報復用の毒で、使用されたものは丸1日、もがき苦しんだ後、死亡する。

驚いた魔弟と護衛は注意を苦しみもがく奴婢に向けるだろう。ジュディは護衛から自分へ向けられる注意が外れるのを待ち、髪の毛を触るふりで、髪の毛に隠した針竜の針を手に取る。苦しむ奴婢を助ける振りをして、魔弟に近づき、わき腹を狙い針竜の針を突く。黄毒カエルのイボ毒は少量でも死に至る。針が皮膚に刺されば確実に死ぬ。他の8人はジュディの暗殺を助けるため、護衛達の行動を妨害する。

暗殺に成功したなら、口に含んだ毒を吐き出し、生ある限り、逃げるよう命令された。これで騒ぎが起きる。騒ぎが起こることで、遠くから見張る耳目声に暗殺の成功が伝わる。

一方、暗殺が失敗した場合、全員、口に含んだ毒をかみ砕き死ぬよう命令された。

耳目声3人と班員は皆、この特攻を何の疑いもなく受け入れている。ジュディは反対できない自分が情けなかったが、逆らえばこの場で殺される。仕方なく訓練を続けた。


2週間訓練を続けた後、出動が命じられた。学校に刺青師がよばれ、第1班のメンバーに奴婢の印を刻んでいく。私の両頬にも青の奴婢の印が刻まれた。服を脱がされ、狭い檻車に詰め込まれた。檻車はダザイに向かい、10日ほどで着いた。ダザイでは、既に魔弟が西門の西2Kmに陣を布き、7カ条の要求を突きつけていた。東門が解放されているせいか、町中は平穏であった。


私たちは北門近くの奴婢商に運ばれ、地下の牢に閉じ込められた。第1班が閉じ込められた牢は多人数用の牢であった。通常奴婢の男女は別々の牢に閉じ込めるそうだが、私たちは同じ牢に閉じこめられた。これは耳目声が配慮してくれたのだろう。皆死への不安を払拭するため、互いの体を求めあった。私はセックス好きではなかったが、必死に私の体を求める男を拒否できない。私の体で快楽が味わえるのなら、味合わせてやりたかった。じきに皆死ぬのだ。最後の生を燃やせばいい。


半月ほど経った早朝、振動を伴う轟音で目が覚めた。耳目声が降りてきて、魔王軍の攻撃が始まったことを告げ、各自必要な毒薬を配って行く。耳目声は私の髪の中に暗器を取り付けた。私も暗器の位置が間違っていないか確認した。準備が完了し、待っていると魔王軍の兵が降りてきた。耳目声に牢を開けさせた。兵は私たちを牢獄から北門通りまで誘導した。北門通りには沢山の奴婢が集められていた。北門からさらに、魔王軍の陣地にまで連れていかれた。道中は奴婢であふれかえっていた。私たちはぐれないよう1かたまりになって移動した。


兵士の頬には奴婢の印が刻まれていていた。奴婢なのだが皆軍服を着ていた。年齢は私たちより2つか3つ上に見えた。マウを手足の様に操り、私たちを誘導していく。

魔王軍の陣に着くと、魔王軍の兵士から陣での生活方法を教わった。食事は朝夕2回、トイレは穴を掘っただけだが、既に作られていた。今夜の野宿場所が指定された。今夜は男女混合だが、野宿場所でのセックスは禁止と告げられた。セックスをした男は死刑だという。明日以降、男女は分けられ、別々に野営する。だから魔弟暗殺のチャンスは今夜しかない。


リーダーのチャロがしずしずと魔王軍の兵に近づき、何かを話し出す。チャロは話術の才があり、皆から詐欺師と呼ばれていた。何回か兵士と話し、魔弟へ奴婢解放のお礼を述べる場を勝ち取った。

夕食が終わり、私たち10人は兵に呼び出され、少し大きいテントに案内された。テントの中には4名の兵士がいた。私たちは2列で並んで、魔弟が来るのを待った。私たちが入出した反対側にも入り口があり、そこから3人が入室してきた。チャロがすかさず頭地の礼を取る。私たちも頭地の礼を取った。3人の中央が魔弟だろう。顔立ちは優しく、私たちより2つか3つ年上に見えた。


魔弟「頭地の礼は止めてください。もうあなた方は奴婢ではない。立ち上がりなさい。そしてあなた方の未来について語り合いましょう」

チャロ「私たち奴婢を解放して頂き、感謝に絶えません。私たち奴婢は何も持っていません。最大の感謝を込め、頭地の礼を魔弟様に捧げます」


そう言い終わった直後、前列左端のコランが奇声を上げ血を吐いた。魔弟と護衛の注意がコランに向けられた。ジュディは頭地の礼を解き、頭を触り、針竜の針を手に取った。後の3人が後方の護衛から私をガードした。私はコランに駆け寄る振りをして魔弟のわき腹に針を刺した。確かな手ごたえがあった。魔弟は私を見て微笑み、そして倒れた。


西側壁塔の上で耳目声は2Km先のヒムガム魔国軍の様子を新兵器の遠眼鏡(とおめがね)と遠耳で観測していた。ヒムガム魔国軍の陣で騒ぎが起きた。月が三つ東の空に上り辺りは明るい。耳目声は城門の上で狼煙をあげた。夜空にくっきりと白い狼煙が上る。この情報は街道に隠れる耳目声達により、翌朝には帝都に伝わった。


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