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39 同胞への思い

母さんから会いたいとの連絡がきた。サクラと共に3日に一度は一緒に食事をするので、緊急の要件と思われる。急いで母さんのテントに向かった。


母さん「ベル爺から勇者召喚と通訳について聞きました。この噂は真実なのでしょうか」

私「アロキアの噂話かと考えていたのですが、先日、ダザイの商人から正確な情報を得ました。噂の元は官報の発表であることが確認されました。真実です」

母さん「そうですか。帝国に呼び出される勇者は私の同胞です。このままでは同胞の彼らは帝国が与える嘘に毒され、魔王様と戦わされます。謀られた勇者と言えど、魔王様は戦いを挑む者に情けを掛けることはないでしょう。私は勇者を味方にしようとは考えていません。同胞のよしみで、勇者に真実を知る機会を与えたいのです。真実を知ったうえで敵になるのであれば致し方ありません。

私は落ち人です。通訳の資格があります。通訳になれば、勇者に真実を見せる機会があるでしょう。族長様、どうか私を帝都に行かせて下さい。お願いします」


ベル爺が先日、塩の買い付けでアロキアに行った際、噂話を持ち帰った。帝国は竜人界の魔王様を討つために、5人の勇者を召喚する準備を始めた。久々の勇者召喚であるため、通訳がいない。帝国は落ち人を通訳として雇うとの官報を出した。この噂の真偽を確かめるには官報を確認するしかない。

私はこの噂と帝都に関する情報を集めるようベル爺にお願いした。リンガハンの王族、貴族が残した備忘録や帝都の説明入り地図などが大量に、しかも安価で、手に入った。更に運よく、この噂の元となる官報の写しをダザイの商人から買うことができた。


官報によると落ち人は通訳官として正式に任官できる。同時に落ち人には金貨1万枚が任官準備金として支給される。落ち人か否かの試験は帝都の月の神殿で10日後から始まる。注意点として、試験に不合格の場合、応募者には1年間の強制労働が課せられる。

気になるのは、この官報の発令が帝国高級相談役ベルクである点だ。あの返書を皇帝に届けても処罰されなかったのは驚きだ。前回、彼と会った会談では戦闘支援ヘッドセットを着用していたので、私の素性はバレなかったが、今回はどうだろう。彼は私たち姉弟のことを覚えているだろうか。


私はマチネ姉さんに帝都での勇者奪還作戦を相談した。答えは「進めなさい」の一言だった。ユート様にはマチネ姉さんから報告してくれるそうだ。マチネ姉さんから作戦目的の変更と、作戦名の変更を命じられた。勇者奪還作戦ではなく帝都遠征作戦と改名した。

あとはサクラか、今夜、サクラに話そう。たぶん、母さんの身を心配し、泣かれてしまう。しかし、今回は母さんの思いを大切にしたい。


帝都には私と母さんで行く。母さんは旧リンガハン王国のクミコ、私は息子のヒザシを名乗る。私は母さんの護衛だ。ヒムガムでの業務は全てマチネ姉さんにお願いした。私はベル爺が集めてくれた帝都関連の資料を読み頭にたたき込んだ。

帝都まではマチネ姉さんが空中B型ドローンを用意してくれた。ドローンに乗って帝都に向かう。帝都郊外の木々に囲まれた草地に着いた。ここでドローンを降り、後は徒歩で帝都に向かった。進むにつれ帝都が大きく見えるようになった。前、帝都に来たときは窓のない檻で運ばれたため、帝都の外観は見ていなかった。初めて見る帝都は、さすが大国と自負するだけはあり、たいそう立派であった。しかし、そう遠くない日に、この帝都も破壊しなければならないだろう。


帝都の門を守る衛士に、私たち親子は落ち人試験で帝都に来たことを伝えた。今まで無礼な態度の衛士達だったが、それを聞いた途端に慇懃な態度に変わった。衛士たちから私たちが泊まるべき宿を教えられた。その宿で落ち人試験に来たことを伝えれば、宿が月の神殿に連絡するそうだ。さらに親切なことに、衛士達は宿まで先導してくれた。

途中、市場を通った。ここでは未だに奴婢が働かされていた。私は彼らを一刻も早く解放してやりたかった。私の思いは表情に出ていたのだろう。母さんが優しく私を抱き、小声で「がまんなさい」と注意してくれた。

着いた宿は立派だった。貴族用の宿なのだろう。案内された部屋もリビング付きで二人では持て余すくらいの広さであった。部屋で休憩していると、バトラーが訪ねてきた。宿の使い方を丁寧に説明してくれた。お茶と軽食はいつでも頼める。朝食は午前8時、夕食は午後8時に用意される。月の神殿には既に連絡を入れてくれていた。軽食を取り、休んでいるとバトラーから試験の日程が決まったという知らせがあった。3日後の朝9時に宿に月の神殿より迎えがくる。

2日間、暇ができたので、馬車を仕立て帝都を観覧した。月の神殿や宮殿、広場などを巡った。どこに行っても奴婢を見かけた。外で働かされる以外に、宮殿の地下や貴族邸の地下、豪商の家、この宿にも何処かで奴婢が働かされているに違いない。これだけ奴婢が目につくのだ。勇者たちも奴婢を目にするだろう。もし、彼らが何も感じないようであれば、私が勇者を始末する。ユート様が手を掛けるまでもない。


落ち人試験には私も同席が許可されたので、静かに母さんを見守った。試験官は絵の描かれたガードを母さんに見せ、その絵の物を異世界の言語で読み上げるというものだった。試験官は200枚ほどの絵を母さんに見せたが、母さんは淀みなく答えていた。私はカードの絵と母さんの発音を副脳で記憶した。午前中の試験はこれで終わりだった。お昼の休憩にはお茶と軽食を振舞ってくれた。午後も同じようにカードを見せ、母さんが異世界の言語で絵を読み上げるというものだった。午前中はモノの名前であったが、午後は動詞であった。

これで試験は終わり、結果は後日と言われた。結果が出るまで宿での滞在が許可された。宿でやることがないので、母さんから異世界語を習った。試験のカードで名詞と動詞に加え、合計で千個の単語を覚えた。カードでは表現できない、「におい」とか「時間」という抽象的な名詞や動詞を沢山覚えた。まだ、名詞と動詞だけなので会話に至らないが、簡単な意思疎通ならこなせるレベルになった。言語の習得は副脳のお陰で楽ができる。1週間が過ぎ、ようやく結果が告げられた。もちろん結果は合格であった。任官式があると言われ、宮殿に呼ばれた。式は滞りなく終わり、帝国高級相談役ベルクから彼の私室に呼ばれた。


母さん「私は旧リンガハン王国のクミコ、隣は息子のヒザシです。この度、通訳官に任じて頂き、感謝に堪えません」

ベルク「いえいえ、こちらこそ、通訳官に応募いただき、感謝します。金貨1万枚の支度金を出したのに、1カ月過ぎても、落ち人試験を受ける者がいませんでした。落ち人はいないのではと考えていました。これで勇者との意思疎通の苦労が無くなります。勇者の召喚ですが、日程は既に決まっています。1カ月後の吉日です。月の神殿にお二人の部屋を確保しました。これからは月の神殿でお過ごしください。この後、皇帝陛下から勇者への命令書をお渡しします。この命令書を勇者に読み聞かせますので、召喚日までに翻訳をお願いします」


勇者召喚までの1カ月は貴重だった。もう簡単な意志疎通は可能だったので、母さんとは異世界語だけで話すようにした。母さんは15年も異世界語を話していない。忘れていることも多かったようで、助かったそうだ。会話だけでなく文字や異世界の習慣も教わった。異世界語を体系的に整理して備忘録を作り、副脳ログと共にサー・マチネクに提出した。おかげで士官教育課程の任意科目が4単位手に入った。


こうして、母さんと異世界語を楽しく学ぶうちに、勇者の召喚日はやってきた。


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