38 二の矢
朝貢令の結果を受け派兵を決定する御前会議が開催された。皇帝の間には軍務卿を始めとした将軍達も呼ばれていた。使節団が帰った時点で、帝国の民意はヒムガム魔国討伐で固まっていた。根回しができる状況ではなかったが、最大限の努力はした。
皇帝陛下「これがヒムガム魔国の返書だ。朝貢令に『バカ』と書かれている。面白いぞ、皆にも見せてやる。魔弟は生きたまま、捕まえたいものだ。帝都で魔弟の斬首を行えば、民は喜ぶ」
ベルク「陛下、発言をお許し頂けないでしょうか」
皇帝陛下「許す」
ベルク「ヒムガム魔国の軍は人間のみではありません。飛竜とゴーレムを確認した。ヒムガム魔国の軍事力は想定より大きいのではと思われます」
皇帝陛下「わかった。皆で討議せよ」
軍務卿「ベルク殿、貴重な情報に感謝する。ベルク殿より事前に頂いたヒムガム魔国の状況報告書は将軍達で詳細に検討した。それを踏まえ、ヒムガム魔国の討伐計画を見直し、新たな計画を立てた。将軍、披露してくれ」
将軍「はい。当初、ヒムガム魔国の軍力を2千と見積もりましたが、3倍の6千に修正しました。これは飛竜とゴーレムを加味した結果です。帝国軍ですが6千を用いた正面威圧戦法の予定でしたがこれを改めます。
まず、属国に兵6千の供軍を命じ、これで属国軍を作ります。この軍で東側より正面威圧戦法を取ります。ヒムガム魔国と属国軍が交戦状態に入ったところで、隠した帝国軍1万をもって、北よりヒムガム魔国の首都を急襲します。首都を陥落させた後、ヒムガム魔国軍を属国軍と挟み撃ちにして殲滅します。なお、飛竜対策として属国軍の3千と帝国軍5千は弓隊とします」
軍務卿「この作戦の遂行に当たり、皇帝陛下には、属国に軍の提供を命じる勅状の作成をお願いします。属国軍に戦う気を起こさせるため、奴婢の乱取りを認めて下さい。最後に、帝国軍を4千増やしましたので、追加の予算措置の決済をお願いいたします」
皇帝陛下「全て認める。秘書官、財務官と決めよ」
軍務卿「はい。3カ月で軍を整えます。進軍開始は4カ月後の吉日とします」
ヒムガム魔国への派兵が決定した。民意はヒムガム魔国討伐一色に染まり、皇帝陛下を突き動かしていた。5カ月後にはヒムガム魔国討伐が始まる。自分の目でヒムガム魔国を見てしまった今、私は帝国軍が勝つとは確信できなかった。帝国軍が簡単に勝てれば問題ないが、もし負けたり、膠着状態で討伐が長引くようなことがあると、民の怒りはヒムガム魔国から自国の為政者や軍に向く。民意を鎮めるため、民に与える生贄が必要となる。宮廷では、勝てないことへの責任追及が始まるだろう。
私は耳目声の話を鵜吞みにし、朝貢拒否を理由とした懲罰戦を発案し、皇帝陛下に奏上してしまった。真っ先に責任追及されるのは私なのだ。私が失脚すれば、親族は連座する。私一人の死では民は許さない。逃げれるものなら逃げ出したいが、私は耳目声に見張られている。せめて妻子だけでも逃がしたいが、この大陸では逃げる場所はないだろう。どこに逃げようと、耳目声が追ってくる。
人生2度目の大ピンチであった。1度目は運よく魔人に救われた。2度目はその魔人の弟に躓いた。私は神を信じていないが、あの時のように神に祈りたかった。確か月の神殿だったか。突然閃いた! あのとき少女から聞いた話を思い出したのだ。勇者の話だ。勇者は竜人と戦った。勇者は魔人とも戦える存在ではないか。勇者は使えるかもしれない。
以前の記憶を呼び覚まし、訪れた月の神殿は以前と変わらずさびれていた。受付には美少女が一人、面影から、あの時の少女に間違いない。
ベルク「月の神殿の責任者にお会いしたい。連絡を付けて頂けますでしょうか」
美少女「あの、どちら様でしょうか」
ベルク「帝国高級相談役のベルクと申します。これは寄進です」
美少女「司祭様に連絡を取ります。すこしお待ち下さい」
私は手持ちの金貨袋をそのまま、差し出した。美少女は寄進を受け取ると奥に下がっていった。戻ってきた美少女に案内され、奥の部屋に通された。そこには学者風の司祭が待っていた。
司祭「寄進、ありがとうございます。ベルク様に月の女神の加護が有らんことを」
ベルク「司祭様にお願いがあります。勇者と勇者召喚についてお教え願えないでしょうか」
寄進の効果か司祭は快く勇者のことについて教えてくれた。
勇者は異世界の人間で、この世界の人間が持っていない特殊な力を持つという。その特殊な力は勇者が召喚堂で真理の光に照らされた時に獲得する。同時に真理の光は勇者を召喚堂の外に出るように促す。召喚堂の格により複数の勇者を同時に召喚できる。王都の召喚堂は最高位の五人の召喚が可能だそうだ。
勇者は異世界の人間なので、この国の言葉を知らない。昔は通訳がいたと言うが、今はいない。
私はここで、勇者召喚を諦めかけたが、司祭は救いの手を差し伸べてくれた。この世界には落ち人がいるという。落ち人は勇者と同じ異世界から渡って来た人間だ。しかし、真理の光に照らされていないため、特殊な力は持っていない。何年かこの世界で暮らした落ち人ならば通訳ができる。落ち人か否かを判別する単語カードがこの神殿には残されているそうだ。
勇者を召喚するには勇者と同数の望む者を用意する必要がある。望む者とは異世界に渡ることを真に願う者のことだ。昔は老人が望む者になった。異世界に渡る時、望む年齢に若返る。そればかりか、病気や怪我は癒え、失った体の部位は回復するという。
座して死を待つより、暴れて死にたい。私は全力で落ち人を捜そう。落ち人が見つかれば勇者という二の矢が放てる。




