26 魔王の恐怖
私とサニーは岩場地帯の調査で上水路切断ポイントを特定し、宿に帰って来た。町は混乱しているかと思ったが、4日前に町を出た時と変わらなかった。リンガハン接収の告知は2日前から始まっている。私は住人の反応が知りたかった。
私「魔王が攻めてくるとの噂を聞いたが、宿を閉める予定はあるか」
亭主「いえいえ、宿は閉めませんよ。魔王ですか魔物ですか?ホントに来るとは誰も思っていません。それに王からお達しがあって、魔王が攻めてきたら、王の手勢で追い返すから安心せよとのことでした。宿屋仲間とも話したんですが、魔王の城は帝都より遠くにある。そんな遠くから攻めてきませんよ。あらかた、驚いて逃げた家から金目の物でも取る気でしょう。魔王が聞いてあきれます」
私「では後、7日分、追加で予約したい」
亭主「まいど、ありがとうございます」
私はサニーと湯屋へ向かった。湯屋は奴婢から性的サービスも受けられる場所なので、サニーは毛嫌いするが、今日は情報収集と割り切らせ、一緒に同行させた。湯屋で聞いた反応でも魔王は攻めてこないとする意見が大半を占めていた。湯屋でさっぱりした後、市場まで歩いた。屋台で食事がてら周りの反応を探ったが、深刻に捕らえている者はいなかった。
サニー「リンガハン接収の告知は失敗だったのでしょうか」
私「予測した通りの反応だね。皆、不安に思っているはずだよ。しかし、その不安を解消する手段がない。金銭に余裕があれば、不安を解消するため妻子を避難させることができる。しかし、金銭に余裕がないと手が打てない。不安を抱えたまま強がるしかないじゃないか。王族や貴族、富裕層は妻子あたりから避難をはじめてるんじゃないかな」
サニー「良かった。魔王様が軽く見られているようで、腹が立ってました」
私「王の手勢について。もし知ってたら教えて欲しい」
サニー「すみません。私は見たことがないです」
一方、王宮では魔王対策に追われていた。王と側近達は連日、対策の会議を開いていた。
王「空飛ぶ竜は矢では射落とせんのか。毎日、毎日、魔王、魔王と煩くてかなわん」
国務大臣「上空300mほどの高さを飛び回ります。この高さでは弓矢ではとどきません。弓矢で射落とした者には懸賞をあたえるとの触書きを出しました。まだ、成功した者はいません」
王「トマス、お前は魔王は来ると思うか?」
国務大臣「来ると思って対処すべきですが、魔王軍の戦力が分りません。リンガハンで対処できるとすれば、50名までです。それ以上では軍を招集する以外にありませんが、もう10日しかないので、兵を徴用するには時間が足りません」
王「50名まで対処できるのか」
国務大臣「幸いなことにカル傭兵団が奴婢狩りに出ておりませんでした。カル傭兵団の全員35名を雇っています。あと傭兵で団本部にいるものが12名、これも雇いました。傭兵だけで47名を確保しました。あとはランバート家、リンドーン家、サヌランド家から2名、シドン家、レンブラント家から1名の援助を得ています。貴族8名、傭兵47名、そして総大将は私です」
王「よくやった。トマス、国務大臣だけのことはある」
国務大臣「貴族には武人の協力の見返りとして、妻子の避難を認めました。我妻子も避難させますがよろしいでしょうか」
王「仕方あるまい。我の妻子もアロキアに避難させる。魔王もアロキアまで攻めまい」
国務大臣「帝国への援助要請はどういたしますか?」
王「帝国は味方ではなかろう。2年前に思い知ったではないか」
国務大臣「形だけでも援助要請は必要です。帝国は我らの落ち度を狙っています」
王「我の名で、皇帝陛下に、魔王との仲裁を願う書状を送る。これで良いか?」
国務大臣「はい、賢明な判断です。援軍を要請すれば、魔王軍に勝ったとしても、そのまま帝国軍に攻められかねません」
王「魔王はなぜリンガハンを欲しがるのか。もっと富んだ地は幾らでもあろうに」
国務大臣「申し上げにくいのですが、シャロン王女が関係しているかと」
王「どういうことだ」
国務大臣「シャロン王女は奴婢として魔王に献上されました。お子が生まれたのではと。それも男子」
王「シャロンには可哀そうなことをした。これも因果応報か。シャロンの子がこの地を治める未来があるのか」
国務大臣「もしシャロン王女の子がリンガハンを治めるのであれば、リンガハン家の血は絶えません。これも好ましき未来かもしれません」
この国の防衛を任される傭兵は信頼できるのか。国務大臣は傭兵の本質を知らない。
部下「カル団長、あっしら魔王軍とやりあうんですか」
カル団長「宰相から前金で金貨100枚もらった。だがどうするかは、まだ決めてない」
部下「魔王軍は人間なんですかね、ひょっとして竜人かも。竜人だったら兵隊達、見ただけで逃げ出しますよ」
カル団長「大丈夫だ。俺も逃げる。宰相は魔王軍を人間だと思ってる。俺達は冒険商隊の護衛で竜人界に行ったことがあるから、竜人の怖さを知っているが、ここの連中は知らない。もう手を打ってある。心配するな」
部下「何かあるんですか」
カル団長「魔王軍は竜人界から来る。だとするとアロキアを通る。アロキアの情報屋を雇った。魔王軍の情報を知らせてくれる。魔王軍に竜人がいたら、俺達は逃げる。安心したか」
部下「団長がボケてなくて良かった。実は団長が魔王軍と戦争するつもりなら、俺、兵隊を引き連れて逃げ出すつもりでした」
カル団長「知ってたよ。独立は俺の下でもう少し修行してからにしろ。いいな」




