2 惑星降下
軽く私の自己紹介をしよう。名前はエド・ユート。現在24歳。男。身長180cm、体重75Kg。サルカンドラ星系連邦宙軍の惑星工兵部に所属する技術士官で、階級は少尉である。
昨年、工科大学の軌道工学科と軍職コースを併せて修了した。卒業と同時に、私は軍に入隊した。
父は宙軍の士官で現役である。母も宙軍に所属していたが現在は退役している。4つ年上の双子の姉がいる。二人とも宙軍に所属している。エド家は家族全員が軍人という軍人一家である。
入隊後1年の初期訓練課程を終えた私の初任務は、植民星デランにおける軌道エレベーター構築作戦であった。大学では軌道工学を専攻したので、軌道工学補助士の資格を持っている。軌道エレベーターの構築は100年に1回の大事業で、自分の専攻を生かせる任務に着けるとは幸運であった。
植民星デランへ軌道エレベータの部材を運ぶ輸送船団が軍の工兵部で組織された。私は植民星デランへの赴任が命じられ、輸送船団を護衛する巡洋艦マチネクに同乗する運びとなった。
簡易冬眠の後遺症である頭痛と吐き気がやっと収まってきた。私は3時間前に簡易冬眠から目覚めた。簡易冬眠のマニュアルでは半日の安静期間を取るよう指示されているが、時間が惜しい。私はマニュアルを無視し、任務を再開することにした。
『状況のサマリー』
デイ「現時点は航行から101日、アース型惑星への航行は計画通り進んでいます。船内の残存物資は今日を含め4日分です。これも計画通りです。10時間後にアース型惑星の周回軌道に軌道修正を行う予定です。2日前からアース型惑星の観測を開始しました。捕捉事項があります。現時点で判明しているアース型惑星のスペックを報告可能です」
『アース型惑星のスペックを報告せよ』
デイ「惑星は半径が6500Km、地表面の重力は1.01g。自転は左回転、1日の自転周期は23.97時間です。惑星は太陽を368.98日で公転しています。惑星の衛星は3個。海と陸の比率は65:35、大気層の厚さは40km、大気組成は酸素22%、窒素76%、大陸の地相は植物相90%、砂漠相5%、氷塊相5%。人間居住可能性は99.99%です。特記事項があります。陸地の一部に文明レベルの知性体が生存する兆候が確認されました」
デイはアース型惑星のスペックを報告にとんでもなく重要情報を紛れ込ませてきた。この惑星に文明レベルの知性体がいると言ってきた。人類は銀河系で2種類の知性体に出会っている。1つは人類種、もう1つはビラン。
『待て待て、人類同盟の植民惑星である可能性はないのか』
デイ「可能性は0%です。人類同盟の植民惑星で3個の衛星を持つ惑星はありません」
『では該当知性体の種別を推測してくれ』
デイ「人類種の可能性は50%、ビランの可能性はなし、その他の可能性は50%です」
ビランの支配惑星でないのは幸運であった。人類種とビランは戦争状態にある。
私が生還できれば、歴史に名を残すことができるほどの大発見だ。人類は銀河系で7つの人類種をみつけてきた。7つの人類は銀河系の遠く離れた星系で生存しているにも関わらず、DNAが99.93%一致する兄弟であった。DNAの進化速度から考え、人類は約30万年前に、何者かにより銀河系の異なる星系に移植されていた。もし、この惑星の知性体が人類種であれば8番目の兄弟をみつけたことになる。知性体が人類種でない場合、ビラン以外の知性体に初めて遭遇することになる。どちらの場合も大発見にかわりない。
『該当知性体の文明段階と人口を推測してくれ』
デイ「後期農工文明段階。国家は成立済みですが、第一次産業革命未満と推測します。人口は5億人以上、8億人未満でしょう」
知性体が後期農工文明段階では救助を求めることは不可能だ。技術水準が低い文明への接触は法律と軍規で禁止されている。
やはり私はこの惑星でサバイバルをしなけれならない。それも数カ月というオーダーになる可能性があるのだ。知性体の居住惑星という事実は私のサバイバルを縛り、自由度を狭めることになる。サバイバルの条件として知性体との接触を避ける必要があるからだ。
そうなると私が降下できる場所は知性体がいない場所に限られるのだが、そんな場所は生きるのが難しい場所と決まっている。だが人口が多くて8億人であれば、人口密度は希薄だ。探せば見つかるだろう。
『デイ、救命ボートの降下先だが、知性体がいない場所でかつ、私が水と食料を確保可能でかつ、人間が生活可能な場所を選定するよう救命ボートAIに指示してくれ』
デイ「了解。救命ボートAIからエド少尉に具申があります」
『中継』
デイ「本機、救命ボートの遠距離センサーと光学センサーは破損しています。命令の実行は不可能です」
『了解、命令はキャンセル。ドローンの光学センサーで惑星の地図を作成。その地図上にセンサーで判別できた知性体の活動箇所を記入する。24時間後に、地図を参考に降下地点を私、デイ、救命ボートAIの3者で決定する。本案の了否を返答せよ』
デイ「救命ボートAIは了。デイも了です」
選定が難しいと考えていた救命ボートの降下先だが、あっさり見つかった。惑星には3つの大陸があるのだが、第2大陸の中央部、赤道を挟んだ広大な地域に知性体の活動形跡が全く見られなかった。大陸の東部を南北に標高9千m級の山脈が走り、その山脈の西側から平原に至る場所で、面積は1千万平方キロある。この一帯は気温は高く、降雨量は多め、地形は比較的平坦で、高度な植物相であった。
なぜ知性体がこの地に進出しないのか、進出できない理由があるのだろうが、理由の顧慮は止めた。救命ボートの資源の枯渇が目前に迫っている。考える時間はない。この地に降下することに決めた。
救命ボートの降下地点を探した。救命ボートを安全に着地させるには平地で、木や岩などの障害物がない場所でなければならない。広さは円形で1平方キロ以上が必要となる。1千万平方キロあるこの地であるが、該当箇所は1か所しかなかった。必然的にその場所に決まった。場所は赤道上で、中央、やや西よりの地点であった。知性体の居住地域からは北側は600キロ、南側1000キロ離れている。東側の山脈まで1500キロ、西側の平原からは1500キロ離れている。これだけ距離があれば、知性体と遭遇する可能性はきわめて低いだろう。
着陸地点が決まった。惑星周回軌道も調整できた。いよいよこの惑星に降下する時がきた。
デイ「惑星降下手順を開始します。大気圏突入のための、軌道離脱ポイントまで30秒、29,28、・・・・」
私はデイの読み上げるカウントダウンを聞きながら惑星降下の成功を祈っていた。降下操作に人間である私の介入は邪魔になる。AI達に任せるしかない。
デイ「6,5、減速ショックに備えてください、2,1、減速、1、2、・・・」
救命ボートが急減速する。0.5gほどだろうが、無重力からの減速に恐怖心が湧き上がり、悲鳴を上げそうになるが堪えた。
デイ「8,9,減速停止、減速ウイング展開まで30秒、28、27、・・・」
救命ボートの船体が微振動を起こしている。想像した振動よりかなり小さかった。減速加速が止み、恐怖心も収まってきた。
デイ「2,1、減速ウイング展開、1,2,・・」
減速ウイングによる減速で目玉が飛び出て落ちそうになる。1g程の減速が10秒間続く。
デイ「8,9、減速ウイング遺棄、1,2,3,4、制御ウイング展開。制御ウイング展開は成功です。現在推定高度3万m。ドローンを下部保守口に配置。保守口のハッチを開放します。
惑星画像の取得に成功しました。制御画面に取得画像を影します」
救命ボートの制御画面に惑星が映し出される。この高度では惑星は半円形に見える。地表の細かい様子は見えない。今気づいたが、下向きの重力を感じる。
デイ「これより降下目標地点に滑空飛行します。所要時間は30分です。着陸10分前からは気流の影響を受けるため、揺れる可能性があります」
30分後、惑星降下は成功した。気流の乱れが無かったため、降下目標地点に救命ボートは着地できた。水と食料が枯渇しているのだ。私とデイ、救命ボートAIは仕事を分担し、黙々と仕事に取り掛かっている。仕事の遅れは私の命に関わる。全集中で仕事をこなした。