19 成功者
冒険に出てから400日、ドラゴンツリーで折り返してから200日、ベルクは無事、竜人界での冒険を終え、旅立ちの町ダザイに帰還した。出発した時は商隊員18名、傭兵75名、奴婢312匹であったが、折り返し点では商隊員17名、傭兵70名、奴婢202匹。今、帰り着いた時点で、商隊員13名、傭兵52名、奴婢85匹であった。商隊員と傭兵の死亡率は400日という長期の冒険にもかかわらず2割を切っていた。大成功の冒険だった。ドラゴンツリーへの到達を果たしたベルクの名は噂となってダザイから帝都まで広まった。
ダザイに帰った私は最初に奴婢を売って換金した。この金で商隊員と傭兵を娼館に泊め、酒や女で慰労した。このような慰労は冒険が終わっても、普通行わないが、私には慰労する必要があった。この慰労は、のちのち私を大いに助けることになる。
次に私は竜人の刃以外の冒険で得た財宝をダザイのマーケットで全て換金した。財宝を売って得た金貨は1万5千枚に上る。
数日間、娼館で慰労した商隊員と傭兵には一人金貨20枚を追加のボーナスとして渡し、冒険商隊を解散した。
ドラゴンツリーへの到達への賞賛の他、ダザイの娼館から流れ、急速に広まった噂話がある。酒で口の軽くなった商隊員と傭兵が娼館の女に語った寝物語が起点となって、尾ひれが付いたものだ。
ドラゴンツリーには魔王が暮らしていた。その魔王は竜人を食っている。竜人を食った後、頭を杭に刺し城の周りに飾っている。城の周りは竜人の頭を刺した杭で埋め尽くされていた。魔王は形は人間だが、頭のある位置に飾り物の頭が刺さっていて、その頭の顔には目がない。
魔王は明らかに竜人より強い。親交を深めるしか冒険商隊が生き延びる道はない。敵対すれば皆殺しにされるだろう。ベルクは勇気ある者3名を伴い、魔王に謁見した。魔王は力があるだけの粗暴者ではなく、賢く、礼儀をわきまえていた。ベルクは敵意はなく親交を深めたい旨を示した。魔王もベルクの思いを理解し、会見は成立した。
ベルクは始めに陛下より拝領した葡萄酒をふるまい、魔王を酔わせた。これで、魔王の信頼を得た。次に陛下より下げ渡された奴婢2匹に魔王の接待をさせた。奴婢はリンガハン王から陛下に献上された元第一王子と第一王女であった。魔王は葡萄酒も奴婢も大変気に入り、ベルクに献上を求めた。
ベルクは葡萄酒と奴婢二匹はダイスタン帝国皇帝下より魔王に送られた贈り物であることを伝えた。魔王は竜人の刃一揃えをベルクに渡し、返礼の品として皇帝に届けるよう頼んだ。
魔王は更に話を続けた。奴婢たちには自分の種を仕込み、自分の子を産ませると言った。リンガハンの第一王子と第一王女は奴婢に落ちたが、魔王の愛妾となり、魔王の子を産むことになった。
ベルクは帝都に帰るのだが、帰りを急がなかった。普通10日もすれば帝都に着くのだが、ベルクは1カ月を掛け、ゆっくり帝都に戻った。自分の撒いた噂が帝都に広まるのを待っていたのだ。
帝都に戻ると皇帝陛下へ、竜人の刃を届けるのであった。官吏にその意を伝えると、程なくベルクは宮殿の献上の間に呼び出された。
ベルクが挨拶を始めようとしたが、皇帝から制止された。
皇帝「ベルク、挨拶など不要。本題に入る。近頃、帝都に面白き噂が流れておる。予の噂だ。知っているか」
ベルク「陛下のお耳に入った噂とはいかがなものでしょうか」
皇帝「予が葡萄酒と奴婢2匹を魔王に贈った。魔王は返礼に竜人の刃をよこした。ベルク、早く見せよ竜人の刃を」
ベルク「陛下の御威光が竜人界の奥、魔王の居城まで届きました。一刻も早く陛下にお届けしようと、このベルク、夜昼構わず走ってまいりました。こちらが魔王より陛下に献上された竜人の刃に御座います。ご確認の上、ご収納下さい」
ベルクの後ろに控える番頭が起立一礼をし、献上立てのベールを払った。そこには純白の刀身にうっすらと波紋が浮かぶ竜人の刃が二揃い、武器立てに飾られていた。刀身が純白、刃には優美に波打つ波紋が浮かぶ、武器とは思えぬ気品が漂っていた。
皇帝「美しきものだな、もう少し近くに寄れ。もっとよく見たい」
ベルク「陛下、刀身には触れませぬよう。刃を触っただけで指は切れます」
皇帝「予を脅すな。ベルク」
ベルクは薄い布を竜人の刃に被せた。そして指で竜人の刃の根元を弾く。ピンという音とともに薄い布は2つに切れた。
皇帝「見事な切れ味だ」
ベルク「刀は使う時は切れ味鋭く、使わぬ時は切れぬのが最上です。ベルクに竜人の刃の鞘と柄の作成をお命じ下さい」
皇帝「許す。費用は会計官と詰めよ」
帝都は庶民から貴族に至るまで竜人界に現れた魔王の噂で持ちきりであった。皇帝により、奴婢にされたリンガハンの第一王子と第一王女の話も噂として再燃した。皇帝と魔王のどちらが残虐かといった二次創作の噂も立ち始めた。ベルクの狙った通りの展開だ。陛下は私の働きに満足したようだ。
ドラゴンツリーに魔人が住んでいるとは、自分の強運が怖い。魔人のことを魔王と話を盛ったが、この程度、冒険商人にとっては盛ったうちに入らない。
陛下の私邸に呼び出された。今夜は陛下に怖い話を聞かされるのだろうか。楽しみだ。




