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16 悟りの義

弔う亡骸は無かったが、ガワラ、ブンガとドバンの葬儀が終わった。ハシムサンの族長としての最後の仕事であった。


ゲグナル「オババ様、ジガンの実の準備ができました」

ハシムサン「ゲグナルよ、そなたが塗ってくれ」


ジガンの実は潰して暫く置いておくと濃い青色になる。皮膚に着くと1年は色が落ちない。悟りの義に赴くものは顔全体をジガンの実で青く染める必要がある。こうすることで、悟りの義に赴くことを他部族の竜人に示す。竜人は悟りの義に赴く者を襲わない。関わりを持とうとしない。聖山まで他部族に襲われずに旅ができる。

旅支度を終えたハシムサンとゲグナルは家族、そして部族の誰からも見送られることなく、村を出発した。聖山までは竜人の足で50日の旅になる。ハシムサンが高齢であることと、食料探しに時間がかかるので、それ以上の日数になるだろう。


ゲグナル「オババ様、聖山までの道はご存じなのですか」

ハシムサン「私が幼体を脱して間もないころ、大ババ様から聞いた。忘れてはおらぬ。このままひたすら東に進む。すると東に白き山々が見える。山の中で一番高い山が聖山だ。聖山に道はない。ひたすら登る。登るほどに、林の木々の背が低くなる。さらに登ると木々は消え、草地となる。さらに登ると草も消え、岩と土の世界になる。更に登ると岩と土を冷たき白き物が覆う世界となる。そこの何処かに青き大岩があるという。悟りは青き大岩の前で待てば訪れるという。ただ、聖山では飲食できない。聖山では飲食した物には悟りは訪れない」

ゲグナル「何も食べねば、死んでしまいます」

ハシムサン「そうだ、悟りは死と同時に訪れる。悟りを得るためには死なねばならぬ。ゲグナルよ、もし怖いのなら、そなたの先導の務めを解く。好きに生きて構わぬぞ」

ゲグナル「オババ様、俺はオババ様と共に聖山に行きたいのです。そして悟りを得ます」

ハシムサン「そうか、好きにするがよい。しかし、お前は何を悟りたいのだ?」

ゲグナル「俺はあの離れザルが何者か知りたいのです。オババ様は何を悟りたいのですか?」

ハシムサン「竜人とは何なのか知りたい。我らの子は生後1年以内にサルを食べると竜人になるが、その時期にサルを食べぬと竜になる。竜人と竜は子を成せる。竜人と竜の違いは何なのだろう」


オババ様の得たい悟りは俺には難しすぎる。なぜそんなことを知りたいのか不思議でならない。

まあ、俺には死ぬ以外の選択肢はない。若手の狩人を3人死なせたことで、村に俺の居場所がなくなった。もう狩に加えてもらえない。だから食を得る手段がない。我ら竜人は雑竜を餌とするが、雑竜は素早く、一人では狩ることができない。そこで竜人は罠を仕掛け、集団で雑竜を罠に追い込む。雑竜の素早さに竜人は知恵で対抗する。竜人が個で生きられない理由だ。


聖山までは50日以上かかる。何か食べないと行きつく前に餓死してしまう。竜種は素早く、俺では捕まえられない。竜人1人で狩れるのはカエルくらいだ。だがカエルは竜人には禁断の食料なのだ。カエルを食べ続けると1年も生きられない。徐々に体が弱り、歩けなくなる。そして最後は死に至る。

だがカエルを食っても直ぐに死ぬわけではない。聖山にたどり着くまで、生きられれば良いので、聖山までの食料はカエルを食う予定だ。

実はカエルには寄生虫がいて、カエルを生で食べると、寄生虫に感染する。竜人に寄生した寄生虫は内臓を食い荒らす。焼いたり、冷凍すれば寄生虫は殺せるので、安全に食べられるが、竜人はこのことを知らない。


旅に出て30日が経過する頃、東に白い山が見えだした。ハシムサンとゲグナルは更に東に進む。白い山は進む毎に大きく見え、今では眼前の半分を占める。そして聖山の麓にたどり着いたことを知る。

ここからは飲まず食わずで山を登らなければならない。彼らはここで3日間、旅の疲れを癒すと共に食いだめをした。

聖山に登り初めて1日で、林を過ぎ、草地にたどり着いた。上を見上げれば、聖山の白い頂が直ぐ近くに見えた。登り初めて2日で草場を抜け、岩と土しかない場所までたどり着いた。3日目は山に霧がかかり、視界が悪くなる。登っても登っても白い物は見えなかったが、いつの間にか周りは白く冷たい物に覆われていた。霧のため周りの変化に気付かなかったようだ。


ハシムサン「ゲグナル、声が聞こえぬか。我らを呼ぶ声が聞こえる」

ゲグナル「はい。私にも何か聞こえます。しかし、この声は我らを呼んでいるのでしょうか」

ハシムサン「儂には我らを呼ぶ声が聞こえる」

ゲグナル「私にも我らを呼んでいるように聞こえてきました」


ハシムサンとゲグナル呼ぶ声を頼りに山を登った。登った先には無数の青く光る石が埋まった大岩があった。その岩の前まで進むと、呼ぶ声は聞こえなくなった。二人はここが青き大岩であると確信した。


ハシムサン「ゲグナル、ここが青き大岩だ。ここで悟りが訪れるのを待とうではないか」

ゲグナル「はい。しかし、オババ様、寒くはありませんか」

ハシムサン「寒い。しかし、寝てはならぬ。寝ていては悟りが訪れても気付かぬでな」

ゲグナル「はい。承知しました」


日が暮れ、夜になると更に寒くなった。油断していると、眠ってしまいそうになる。オババ様が定期的に声をかけて下さるので何とか起きていられた。どれほど時間が経っただろうか、時間の感覚を失っていたので分からない。

突然、不思議な感覚に囚われた。気を失いそうになるほどの眠気が去った。そしてオババ様の横にいる自分が見える。自分はゲグナルなのだろうか。いやハシムサンかもしれない。自分が誰だか分からない。

私の前にそびえる青き大岩から光が現れた。光は虹色に輝きだす。私はその光に吸い寄せられ、その光と融合した。


青き大岩の光と融合する刹那、ゲグナルの求めた問いに答えを得た。


昔、星王が沢山の世界に星の子を植えた。早く育つ子もいれば、じっくり育つ子もいる。

程なく、この世界に空より恐怖の大王の軍勢が攻めてくる。

この世界の星の子はじっくり育っているため、恐怖の大王の軍勢を退けるだけの力を得ていない。瞬く間に皆殺しにされてしまうだろう。星王は星の子を救おうと決めた。星の子を救うため、別の世界で早く育った星の子をこの世界に呼び寄せた。私が離れザルと思い殺そうとしたのは別の世界に住む星の子だったのだ。星の子は育つほどに強くなる。技術の力を利用し強くなる。私達竜人では叶わぬほどに強くなっていた。ゲグナルは答えに満足した。


ハシムサンの求めた問いにも答えを得た。


我々竜人がサルと呼ぶ星の子は元からこの世界にいたのではない。星王によりこの世界に植えられた。竜はサルを食べると脳の病気になる。サルを食べると、サルの脳を構成するタンパク質が竜の脳に取り込まれる。そうすると竜の脳を構成するタンパク質が変異を起こす。この変異により、竜の脳細胞の情報伝達速度が3分の1に落ちる。このため、サルを食べた竜は素早さを失う。だが悪い事ばかりでなく良いことも同時に起こる。脳細胞のニューロン数が百倍に増える。ニューロン数の増加で急激な知能上昇が引き起こされる。こうして、幼体である竜から成人である竜人が生まれる。

竜人はサルを食べないと竜人になれない。サルはまだ竜より弱いので、今はサルを狩り竜人に成れるが、サルはいずれ竜より強くなる。その時は目前に迫っている。竜人は滅ぶ運命なのである。竜人は滅ぶが竜は生き残る。これで竜は生物としては真っ当な進化の道を進む。


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