15 魔人に売られて
冒険商隊の右手に山のような大きな木が見えています。前方を進む傭兵や商隊員たちの会話からドラゴンツリーという言葉が聞こえます。私達はドラゴンツリーに着いたのです。もう私達が奴婢に落とされてから1年以上経っているはずです。ここで私達が死んでも国の弟や妹に害は及びません。
今は北に歩いていますが、明日以降、来た道を引き返すため南に歩くはずです。今日の野営を終え、明日、冒険商隊が隊列を組む直前、私と弟は身軽な状態で北に走ります。荷物などは必要ありません。私達兄弟は死ぬために逃げるのです。傭兵達は北に逃げる私達を何処まで追ってこれるでしょうか。ここは竜人界、冒険商隊と離れる方向に追いかける勇気が傭兵達にあるでしょうか。
いつの間にかドラゴンツリーは東に見えています。時刻は昼の12時を回った頃、前方の傭兵や商隊員がざわめきだしました。暫くするといつも最後尾にいるベルクが最前列まで移動してきました。往路が終るので何か相談事があるのでしょう。
暫く歩くと、林の先に広い草地が広がっていました。私達奴婢に待機と休憩が言い渡されました。今日はここで野営をするのでしょう。傭兵から私語の禁止が言い渡されました。いつもは傍若無人に大声で話し合う傭兵が声を潜めて話をしています。傭兵が私と弟の休憩場所に走ってきました。その傭兵にベルクの元まで連れて行かれました。私は逃亡計画がバレたのかと心配になりましたが違いました。ベルクは「私達を魔人に売る」と言いました。傭兵長の視線の先を見ると奇妙な服を着て、人間とは違う頭が生えた何かがいました。魔人なのでしょう。私と弟はロープで腕を後ろ手に縛られました。これでは頭地の礼ができません。私達は奴婢として売られるのではない。魔人の食料として売られることを悟りました。もう逃げる必要が無くなりました。奴婢に落とされて1年、やっと屈辱の人生を終えることができます。
魔人の行動は人間では理解できません。私と弟を買った魔人は立ったまま動かず、南に去っていく冒険商隊を見つめていましたが、いきなり私達の所に来て、ロープを解いてくれました。2本のロープを丁寧に纏め、卵の裏に持っていきました。私達よりロープを気に入っているようです。魔人は卵の中に入り、直ぐに出てきました。手にキラキラした物を持っています。私と弟にキラキラした物を手渡しました。魔人もキラキラした物を持っていました。魔人は時間をかけキラキラした物の使い方を私達に実演し、教えてくれました。キラキラは水の容器でした。喉が渇いていたので水を飲み干しました。
魔人が水を飲むところを見たのですが、魔人の顔には更に下の顔があるのです。その下の顔には人間と同じような口が付いていて、その口で水を飲みます。
魔人は卵の中から3つの塊を持って出てきました。それは背負子付きの袋でした。私と弟に袋を背負わせました。背負ったのですがその軽さに驚きました。魔人は北を指差し、私達に北に歩くよう命令しました。私は途中腹痛を起こしました。後を歩く魔人にトイレをさせてくれと何度もお願いしたのですが聞いてくれません。我慢しきれず、座り込み大便を漏らしてしまいました。私は情けなくなり、涙が止まりませんでした。魔人も気まずかったのか、後を向いてくれました。大便が全て出きると、腹痛は嘘のように消えました。弟が柔らかそうな葉を取って渡してくれました。腹痛の収まった私に魔人は更に北に歩くよう命令しました。着いた先は川でした。
魔人は私と弟に川で体や髪の毛を洗うよう命令しました。タオルと櫛、石鹸も渡してくれました。石鹸で体を洗うのは、1年ぶりです。魔人は川上に移動し、そこで大きなキラキラした物に川の水を入れています。
石鹸で体を洗えるなど、こんな機会はもう無いかもしれません。私達は全ての垢を落とすつもりで、全身をくまなく洗いました。髪のべとつきも取れ、サラサラになりました。時間を忘れて体を洗い続けました。魔人は水を汲んだ後、魚を釣っていたようです。魚は内臓が処理され綺麗になっていました。魔人は私と弟にその場で回転して体の全てを見せるよう命じました。魔人は私達の洗い方に満足したようです。
魔人はキラキラした物と魚の背負子袋への詰め込みを命じました。毎日荷物を積み込んでいるので、これは簡単でした。背負子袋を背負って卵の方角に歩くよう命令されました。道中、魔人から指定した草の採取を命じられましたが、見本となる草を渡されたので、この命令も難なくこなせました。
もう日は傾き、卵に帰りついた頃には、影が東に長く伸びていました。背負子袋は下ろし、卵の脇に置くよう命じられました。魔人も背負子袋を下ろし、同じ場所に並べます。
次の瞬間、魔人は自分の頭を取り外したのです。取り外した所には人間と同じような頭が生えていました。私は驚きのあまり、頭地の礼を取りました。弟も私に倣い、頭地の礼を取っています。私は怖くて頭地の礼を取り続けました。魔人は何か喋りました。何を言ったか分かりませんが、同じ言葉を3回繰り返しました。その後、私の両手を掴み、掴んだ手を上に引っ張り、立ち上がらせました。弟も同じように立たされました。
魔人は被り物を被っていました。あまりに体にピッタリしていて、被り物とは気付きませんでした。被り物を外した顔は人間と変わりません。魔人は取り外した頭を小脇に抱えて、卵の口を開けると、中に入るよう手招きで命令されました。
私達は初めて卵の中に入りました。中はごちゃごちゃしています。空気は澄んでいて、匂いはありません。魔人は私と弟に服を渡しました。着れとの命令でした。奴婢は服を着れません。どうしたら良いか分からず、私は魔人に服を返しましたが魔人は受け取りません。
「皇帝陛下の威光も魔人様まで及ばないよ。それに僕たちはもう奴婢じゃない。魔人様の食料だろう。魔人様が着れと言うなら着ようよ」
「ごめんなさい。頭では分かっているの。でも怖くて」
「僕たちは魔人様に食われて死ぬんだよね。死ぬ前に僕は服が着たい」
「分かりました。着ましょう」
下着と上着、それに靴が入っていた。下着とズボン、上着は着ることができました。上着の前の締め方が分りません。魔人は上着の前の締め方を丁寧に教えてくれました。靴は履くと足のサイズに自分で縮み、履けるようになる不思議な靴でした。服は男物のようですが、抵抗なく着ることができました。
その後、魔人は私達に色々と教えてくださいました。夜の食事も作り方を示しながら作って下さいました。魔人のお食事は質素ですが、量が多く、今まで冒険商隊では少ししか食べさせてもらえず、いつもひもじかったので、魔人のくれた食事には満足しました。
問題は寝る時でした。魔人は私だけでなく弟にも同衾を命じました。私は魔人のものですから、夜の相手を要求されるのなら従います。でも弟と一緒に夜の相手をさせられるのは嫌でした。私の嬌声を弟に聞かせたくありません。魔人は私がお許しを願っても聞き入れてくれませんでした。私は頭地の礼で抵抗しましたが、私は魔人に、頭地の礼の姿勢のまま抱き上げられ、寝所に押し込まれてしまいました。私は悲しくて泣いていたのですが、いつの間にか寝ていたようです。しかし、これは私の勘違いだと後で分かります。魔人は人間の女や男に興味がないようです。
次も困った問題です。魔人は私と弟の名前を聞きます。私達は名前を捨てた身です。お答えすることはできないのですが、どう魔人にそのことを伝えたら良いか分りません。魔人は名前を事あるごとに聞いてきます。その度に気まずい空気が流れます。
私達の抵抗で、魔人は名前を聞くのを諦めてくれました。代わりに新たな名前を付けてくれました。新たな名前は私はクルミ、弟はサニーでした。私も弟も頂いた名前を大変気に入りました。魔人のいないところではお互い、シャロ、タムと呼びあっていたのですが、シャロはシャロンを、タムはバータムを連想させます。弟と話し、もうシャロとタムの愛称は使わないことに決めました。私はクルミ、弟はサニーに生まれ替わりました。魔人がどれだけ私達を生かしてくれるか分りませんが、兄弟とも魔人に頂いた名前で死ねることは幸せです。
私達が魔人様に買われて10日が経ちました。魔人様は私達の言葉をどんどん覚えました。ただ、魔人様はまだ片言なので、お互いの思いを通じ合わせるには時間は掛かりますが。魔人様は人間より遥かに賢いようです。先日、サニーが魔人様にいつ私達を食うのかお尋ねしました。魔人様は大笑いされ、人を食うことはないと言われました。私も弟も死ぬ日を待っていたはずなのに、なぜか安心したことに、驚きました。
サニーは魔人様を兄のように慕っています。サニーはことあるごとに魔人様の素晴らしさを私に話します。サニーから聞かなくても魔人様の素晴らしさは私も知っています。しかし、魔人様の素晴らいさは何回聞いても良いものです。サニーは私に魔人様の子を産めと言ってきます。人間の女に興味のない魔人様と子を成す方法が判りません。魔人様のお誘いがあればいつでもお受けします。しかし、私は魔人様のお誘いを待つしかないのでしょうか。




