12 人類種との遭遇
今日で惑星降下から31日目。あの事件以降、恐竜は救命ボート周辺に現れていない。今日は3日に1度の水汲みの日であった。いつもの様に水を汲みに出かけた。水汲み、魚釣、野菜とタケノコ採取を終えると時刻は朝の8時になろうとしていた。8時ちょうどにドローンは自動で飛び、周囲を探索するよう設定してある。ドローンで周囲に敵がいなければ、川で体を洗うことができる。私は体を洗いたくて、ドローンと軍事リンクがつながるのを待っていた。ドローンの軍事リンクが接続されると同時にアラームが鳴った。
アラームはドローンが発したものだった。ドローンは約300の動物の群れを救命ボートの南南西8Kmに捕らえていた。時速2Kmほどで救命ボートに向けて真っ直ぐ進んでくる。カエルか何かだろうか。救命ボート周辺に来られても、うっとうしいので、進行方向を変えることが必要だろう。しかしまだ4時間も余裕があるので水浴びをして、救命ボートに帰還した。動物の群れの件は気になっていたが、日課をこなさないと生きていけない。日課は頑張れば11時に終わるので、対処は11時からすることにした。
『私には人類に見えるんだけど、デイにはどう見える』
デイ「私にも人類に見えます。DNAを鑑定しなければ分りませんが、外形的には人類です」
11時にドローンを飛ばし、動物の群れを観察に向かわせた。ドローンが発見したのは動物の群れではなかった。人類が行進する姿であった。林の木々の間を292人の人間が行進していた。群れには女や子供も含まれていた。ドローンを降下させ詳細を観察したが外見的なことしか分からなかった。この群れの特徴は服を着ていない人間が大半を占めていることだ。そして軍隊のように隊列を組んでいる。
先頭に服を着て武器を持った男が15名、服を着て武器を持たない男が5名、次が荷物を担いだ裸の女と裸の子供が合わせて78名、次は服を着て武器を持った男が10名、次は荷物を担いだ裸の男が60名、次は服を着て武器を持った男が10名、次は荷物を担いだ裸の男が62名、最後尾には服を着て武器を持った男が15名、服を着て武器を持たない男が12名いた。そのほかに隊列の横、左右にそれぞれ服を着て武器を持った男が10名、隊列を守るように行進していた。
『惑星サランに恐竜に続いて人間までいるとは驚きだ。デイ、どう対処したらいいか意見を具申してくれ』
デイ「第一優先は人間と戦わないことだと考えます。ただ、襲ってくるようなら戦わざるを得ません」
『デイ、ありがとう。私も同じ意見だ。こちらから攻撃はしない。相手の武力は槍と剣だ。鉄砲は持っていない。攻撃力は高くない。攻撃ができる武器持ちは70人。後は非戦闘員と考えよう。レーザー銃だけで対処できる。今の出力のレーザー弾を当てると人間は死ぬ。皮膚が火傷する程度にレーザー弾の出力を弱めたい』
デイ「レーザー弾の出力は現在、レーザー発信器の出力20Kw、発光時間を0.1秒です。これをレーザー発信器の出力1Kw、発光時間を0.01秒に調整しなおしました。発光時間を短くしたので、秒間20発のレーザー弾を発射できます。70人に一度に襲われても対処可能です。ただ、威力は痛みを与える程度です。死ぬ気で襲ってきた場合は対処できません」
『デイ、理解した。譲歩できるようであれば譲歩する。話の分かる奴らだと祈るしかない。その前に言葉が通じないので、意思疎通の方法を考えないといけないか』
私は救命ボートの前で、南を眺めていた。草場が切れ、林との境に人間の群れが見えた。群れは林との境付近に滞留し、救命ボートまで近づいてこなかった。10分程で最後尾も林と草場の境界までたどり着いた。群れから数名が別れ、恐怖のオブジェを観察している。5分程観察した後、群れに戻って行った。
恐怖のオブジェで私のことを恐れてくれるだろうか。
私は彼らに恐れてもらうため、陸戦戦闘スーツと戦闘支援ヘッドセットも装備している。戦うために特化した服だ。ジャージや船内スーツより怖い雰囲気を醸し出しているだろう。戦闘支援ヘッドセットを被っていると顔が外からは見えない。これも怖さを演出している。
群れの中から6人が私の方に進んできた。服を着た成人男性が4人、裸の女が1人、裸の男の子が1人。
皆武器を持っていない。そして50mの距離に近づいた時、一旦止まった。先頭の男はそこで両手を斜め前に掲げ、手のひらを見せながら、前進してきた。
『手を掲げたのは敵意が無いことを示そうとしているのかな』
デイ「手に武器を持っていないことをアピールしているのでしょう」
『私も同じポーズを取った方が良いかな。腰には2丁拳銃を持っているけど』
デイ「拳銃類はまだ発明されていないようです。武器と認識できないでしょう。同じポーズを取ることを推奨します」
私が手を掲げると、6人は一瞬立ち止まったが、そのまま進んできた。先頭の男は2mまで近づき手を下げた。男にならって私も手を下げた。先頭の男は青年で、年齢は15歳前後に見える。リーダーには若すぎると思ったが、6人の態度からすると、やはり彼がこの群れのリーダーだろう。
リーダーは後の男から取っ手付きで大きな陶器製のボトルを受け取ると、私に捧げてきた。どうしようか一瞬迷ったが、ボトルを受け取り、地面にしゃがみ、胡坐をかいた。同時に跪いたリーダーに座るよう手で促した。リーダーは私に倣って胡坐で地面に座った。私はボトルの蓋を少し開け、匂いを嗅いだ。アルコール臭がする。中身は酒だろう。
私はリーダーの前に手に持っていた小石と小枝を並べていく。リーダーはそれをジッと見ていた。最初の列に石と石を置く。次の列は石と枝、次の列は枝と石、最後の列は枝と枝を置いた。一呼吸おいて、1列目にはマルを2列目にはバツを、3列目にもバツを、4列目にマルを描いた。そしてワイン入りボトルと私自身を交互に指さし、列のどれかを選んでもらった。
リーダーはワイン入りボトルを指さし、リーダーから私に指をスライドさせた。ワインボトルの所有権がリーダーから私に移動したことを示した。私は頭をゆっくり縦に2回振った。そして前に置いたワインボトルを私の裏側に移動させた。私は人間種の群れから贈り物をもらってしまった。
私が次の質問をしようとすると、リーダーは私を手で制して、リーダー自身を指さした。次はリーダーのターンと言う訳か。リーダーのターンは複雑だった。しかし全てを通しで理解するとリーダーが言いたいことが分かった。リーダーは恐竜の第1指の爪を求めてきた。支払いは金貨1袋と裸の女一人、裸の男の子一人であった。金貨などサバイバルに役立たない。ゴミだ。裸の女も子供も要らない。私は1人であるが性欲など制御できる。恐竜の爪など、タダで渡そうと思いデイに相談した。
『金貨はともかく人間の女と子供は困る。私では養い切れない。タダで恐竜の爪を渡そうと思うが、問題ないだろうか』
デイ「この人間はエド少尉を人間ではなく魔物と見ています。この状況はエド少尉の目論見通りです。人間の群れは偶然、恐竜を狩るほど強い魔物に遭遇した。その魔物から逃げられないと悟り、金貨と生け贄を差し出した。金貨と生贄で許された確かな証拠として恐竜の爪が欲しかったのだと推測します。差し出した金貨と生け贄を受け取らない場合、彼らの取り得る選択肢は2つです。一つは逃げる。もう一つは戦うです」
人間の女と子供は困るが、人間との戦闘はもっと困る。私は人殺しになりたくない。両者を天秤にかけ、私は商売として完結させることにした。
救命ボートの外に作った物資小屋に行き、第1指の爪を2本の1セット、これは1体の恐竜の左右の足についていたものだ。右足の爪と左足の爪は左右が逆で鏡合わせの形状をしている。それを抱えて交渉場所に持ち込むとリーダーは片膝をつき深々と礼をした。そして、恐竜の爪を携え群れに帰って行った。さぞかし、私が怖かったのだろう。帰りはかなり速足になっていた。




