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10 皇帝の命令

商会立ち上げ準備をしている時、私は皇帝から私邸に呼び出された。公邸には何度も呼ばれ冒険譚を語っていたので、いつもと同じだろうと油断していた。


皇帝「ベルク、お前の話は面白いのだが、新鮮さが足りん。飽きてきたわ。何とかならんか」

ベルク「浅才な私では工夫が思い浮かびません」

皇帝「ならば、予が考えてやろう。聞くか」

ベルク「はい、光栄です。陛下」

皇帝「ベルクよ、新たな冒険に出よ。ドラゴンツリーまで行ってまいれ」

ベルク「ドラゴンツリーは冒険商人のあこがれの地、ですが道のりは遠く険しく、我が力が及ぶ所では御座いません」

皇帝「そちは先ほどの物語で話したではないか。遠くにドラゴンツリーが見えたと語っていたであろう」


私が語った法螺話を持ち出されても困る。私は反論しようと陛下の顔を見て、反論を止めた。有無を言わせない陛下の目が私を止めた。


皇帝「言い出したのは予だ。そちに金貨5千枚をくれてやる。人も紹介してやろう。見返りは面白い話と土産1つあればいい。土産には予が語れる物語も付けよ」


12歳になって間もないというのに、もう陛下は影では暴君と言われている。私は陛下が怖くて断ることはできなかった。もうどうにでもなれであった。


皇帝「人払い」


陛下の脇や足元にしな垂れていた美少女4人が無言で退出していく。部屋には陛下と私、衛士2名が残された。

 

皇帝「ここからの話は他言するな」

ベルク「はい」

皇帝「そなたに2匹の奴婢(ヌヒ)を下げ渡す。奴婢はリンガハンの元王子と王女だ。予の物語を作ろうと、リンガハンに献上させたが、目論見が外れた。そなたのように上手く物語にできぬ。そなたに頼みたいのは物語の修正だ。帝国だけでなく他国でも、予が残虐王だと語り継がれるよう物語を修正せよ。成功した暁にはさらに金貨5千枚を与える。

ただし条件がある。予が下げ渡した奴婢は殺してはならぬ。売ってはならぬ。連れ帰ってもならぬ。逃がしてもならぬ。道中、奴婢として扱え。それ以外ならどう扱おうと、そなたに任せる。2匹とも元王族だ。房中術は心得ていよう。そなたの夜の相手をさせよ」


皇帝は属国リンガハンに街道の整備を命じた。陛下が皇帝に即位して、最初の命令であった。街道の整備にかかる費用はリンガハン持ちだ。この命令はリンガハンにとっては重すぎる賦役だったのだろう。リンガハン王は皇帝に整備期間延長を求める嘆願書を提出した。陛下はこれをリンガハンの反乱と見なし、軍を動かした。帝国の大臣や陛下の側近が、軍を動かすのは行き過ぎであると陛下を諌めたが、陛下は諌めた者を全て更迭した。最後は貴族院がリンガハンとの和睦を調整した。陛下も貴族院の調整を受け、和睦に動いた。陛下の出した和睦条件は二点であった。

一つは最初の命令通りの街道整備。もう一つは第一王子と第一王女を奴婢として皇帝に献上せよ。


奴婢とは奴隷より更に下の身分である。奴隷を殺せば罪を問われる。奴隷には衣食を与えなければならないし、過剰な労働もさせられない。奴隷には人権が認められている。一方、奴婢には人権がない。殺しても罪を問われない。牛馬と同じ動物として扱われる。動物だから奴婢は服を着ることが許されない。常に裸で働かされる。死んでも葬儀や墓を作ることは許されない。外見は人間なので、奴婢と人を区別するため、奴婢は顔の左右の頬に1本線の刺青が刻まれる。この刺青が刻まれた者は二度と人に戻ることはできない。


リンガハンは皇帝の出した和睦条件を受諾した。この和睦条件は王族の子女が奴婢(ヌヒ)に落とされるため、王子、王女当人には非常に残酷なのだが、王にとって受け入れやすい条件だ。王は権力継承のため王妃の他、複数の愛妾を持つ。王にとって2人の子を失うことはそれほど大きな痛手ではない。もし、仮に軍を動かした費用を要求されたのならば金貨5万枚にのぼる。この金はリンガハンの国民が支払うことになる。それを考えれば、王子、王女の2人の犠牲で済む和睦条件は、国全体の観点で見た場合、被害は最小限と言っていい。


陛下が私に何をさせたいか、理解できたと思う。しかし、間違いがあったら取り返しがつかない。慎重に陛下の思いを探ろう。


ベルク「リンガハンに、王子と王女を奴婢として献上させた話は私も聞きました。大変な衝撃を受けました。陛下のご意志は達成されたと思いますが」

皇帝「そなた、その話を何回聞いた?回数を答えよ」

思い返すと、仲の良い楽師から聞いた。それが最初だ。貴族から酒の席に呼ばれた時に聞いた。

ベルク「2回聞きました」

皇帝「ではそなた、この話を何人にしたか答えよ」

ベルク「誰にも話しておりません」

皇帝「そこが問題なのだ。もう半年経つというのに、この話は一向に広まらぬ。予を恐れさせる仕掛けなのに、話が広まらなければ、誰も予を恐れぬ」

ベルク「陛下は皆から恐れられることをお望みなのですか」

皇帝「そうだ。帝国権力安定のため、属国支配の安定のため、他国外交の安定のため、民から、属国から、諸外国から予は恐れられねばならぬ」


ここまで聞いて、依頼を断れば、私は生きて陛下の私邸を出ることはできないだろう。

この噂話が世間に広がらないのは、話に1篇の救いもない事が原因だろう。こんなに気の滅入る話を平気でできる人間は変人だけだろう。良い案は思い浮かばないが、案をひねり出すしかない。私の命がかかっている。


ベルク「陛下のご意志は理解いたしました。今は良き案が浮かびませんが、必ずや陛下が満足する物語を作って見せます」

皇帝「期待しておる」


冒険の準備は順調に進み、後残すのは陛下から払い下ろされる奴婢の対応だけとなっていた。だが、陛下から命じられた難題はどれ一つ解決の糸口すらないままであった。陛下に関連する問題なので、人に相談することもできず、一人で苦しんでいた。

冒険の打ち合わせからの帰り道、少しさびれた神殿が目に留まった。心が弱っていたのだろう。私は吸い寄せられるようにその神殿に入っていった。入り口には受付があり、受付の横には「参拝銅貨1枚、館内見学説明銀貨1枚、寄進歓迎」の立て札の掲示がある。受付には子供といっていい少女が座っていた。

私は館内見学説明をお願いした。誰か別の物が案内してくれると思っていたが、少女は受付の前にクローズの看板を出し、その少女が館内を案内してくれた。

神殿は月の神殿と言うそうだ。中央には月の女神像が祀られていた。私は神様を信じていなかったが、すがれるものなら、何でもすがりたい心境であった。難題の解決を真剣に願い、月の女神像にお祈りを捧げていた。次に案内されたのは女神像の裏手にある召喚堂だった。


少女「ここは召喚堂です。ここで勇者様を召喚します。床に緑の線が見えますよね。あの線の内側には入らないでください。入った者は生きて線の外に出られません」

ベルク「勇者様ですか、初めて聞きます」

少女「昔のことですが、竜人と戦う勇者様をここで召喚したそうです。最後の勇者様を召喚したのは500年以上前と聞いています」

ベルク「竜人と勇者様は戦うのですか」

少女「昔は竜人共が竜人界から出て村を襲い、人をさらったそうです。人間では竜人にかないませんから、強い勇者様を召喚し、勇者様に竜人共を討伐して頂いたそうです。勇者様も色々で、快く戦ってくれる勇者様もいれば、戦いを嫌う勇者様もいたようですが」

ベルク「なぜ、勇者様を召喚しなくなったのですか」

少女「冒険が行われるようになったことがキッカケだと聞きました。冒険で与えられる奴婢で竜人が満足したのだと」


冒険は竜人を竜人界に押しとどめる行為でもあるようだ。見学は難題の解決には役立たなかったが、少女と話せて、少し心が軽くなった。


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