1 脱出
ビーィービーィービーィー。
眠い。まだ起きる時間じゃないだろう。うるさい。けたたましい音だ。
次の瞬間、私はこの騒音が緊急警報であることに気づいた。反射的にベットから飛び起きた。
『要、報告』
私は任務に復帰するため、身支度を整えながら、デイに緊急警報の原因を問い合わせた。デイは私の副脳AIの名前だ。
副脳AIは私が軍籍を得た時、軍から支給された。私と指揮命令系統とのリンクを担ってくれる私のパートナーだ。私は副脳AIに「デイ」のニックネームをつけた。
デイ「サー・マチネクが第1級戦時体制を発令しました。司令船であるワープ泡けん引母船ミンダオネとのリンクが途絶しています。輸送船団を包むワープ泡も崩壊しています。本艦マチネクはワープ泡から通常空間に弾き出されてしまいました。イレギュラーなワープ泡崩壊により、本艦の反物質リアクターが暴走しました。本艦は爆発の危機を迎えています」
サー・マチネクは私が乗船する巡洋艦マチネクの艦載AIだ。現在、艦載AIが本艦の指揮を執っている。人間系の指揮系統はどうなっているのか。
『サー・マチネクから私への命令はあるか』
デイ「なし」
『艦長へリンク』
デイ「途絶」
『副長へリンク』
デイ「途絶」
艦長と副長共にリンクが途絶えている。人間系の指揮系統は途絶していた。緊急警報で、たたき起こされてから1分。私の身支度が整った。
『サー・マチネクへリンク』
デイ「完」
『エド少尉です、任務に復帰します。指示をお願いします』
サー・マチネク「エド少尉、重要物資庫に行き、3番物資を出庫しなさい。第三区画の救命ボートに3番物資と共に乗船し、本艦から退避を命じます。救命ボート射出リミットはは3分24秒です。エド少尉にレベル4の情報取得権を付与します。以上」
『了解しました』
救命ボートで脱出するほどの被害が星系級巡洋艦マチネクに起きているというのか。私は自室を飛び出し、重要物資庫に走った。走りながらデイに現在の戦況を聞く。
『戦況のサマリー』
デイ「2分25秒前にワープけん引母船ミンダオネが消失しました。輸送船団を包むワープ泡も同時に喪失し、輸送船および巡洋艦マチネクは通常空間に転移し慣性航行となりました。さらに、エド少尉を除く本艦および輸送船団クルーの全員が所在不明となりました。イレギュラーなワープ泡崩壊で巡洋艦マチネクの反物質ストレージが機能停止しました。現在、反物質の磁気隔離は緊急回路で維持されていますが、5分以内に磁気隔離は崩壊し、本艦は爆発します。サー・マチネクは本艦の指揮権の取得を宣言しました。同指揮権で反物質ストレージを含むリアクターの船外射出を決定し、実行中です。ただし、爆発前にリアクターを射出し、安全圏まで飛ばせるかは不明です」
デイの戦況のサマリーを聞き終わると同時に、重要物資庫に着いた。扉は既に解放されていた。中に入ると3番物資の出庫ボタンが点滅していた。ボタンを押し、物資を取り出した。物資は持ち運び用のケースに収納されていた。それを片手で持ち、第三区画に向け走る。第三区画へ通じる通路の隔壁は皆解放されていた。私は全速で走る。デイの報告は私の常識を外れたものばかりであった。質問無しには理解できない。
『輸送船団は攻撃を受けたのか』
デイ「攻撃を受けた形跡はありません」
『ワープけん引母船ミンダオネが消失した原因は何か』
デイ「不明です。センサーは60光秒の空間内にワープけん引母船ミンダオネを捕らえていません」
『輸送船団の他の船はどうなっている?』
デイ「ワープ泡の喪失に伴い、輸送船団の98隻は半径30光秒の空間に投げ出されました」
『輸送船団クルーが所在不明とは?艦長や副長達はどうなっている?』
デイ「不明です。輸送船団でエド・ユート少尉以外の人間を船内、船外共にセンサーは捕らえることができていません」
『反物質ストレージが機能停止した原因はなにか?』
デイ「イレギュラーなワープ泡喪失の結果と推測。そのメカニズムは未解明です」
質問しても不明点が解消しない。もどかしいが、これ以上、状況分析に時間を費やしても得られるものは少ない。私は退避に全力をかたむけることにした。
『救命ボート乗船リミットへのカウントダウンを読み上げろ』
デイ「42,41,・・・・・・」
第三区画の救命ボート搭乗口は既に解放されていた。私は搭乗口から救命ボートに飛び込んだ。同時に搭乗口が閉鎖される。私は3番物資を抱えたまま、近場の乗員シートに滑り込む。この時のデイの読み上げるカウントは23、何とか間に合った。救命ボートはゼロの読み上げを待つことなく、私が乗員シートに着座すると同時に射出された。
体が重くなる。救命ボートは3Gの加速で宇宙空間に打ち出された。5分間はこの苦痛に耐える必要がある。
『サー・マチネクへリンク』
デイ「完」
『3番物資と共に救命ボートでの脱出が完了しました』
サー・マチネク「了解。エド少尉。生き延びなさい。そして3番物資を守りなさい。命令は以上です」
『了解しました』
『デイ、救命ボートの射出先は何処か』
デイ「救命ボートは12光秒の距離にあるアース型惑星に向けて射出されました。現在の宙域が不明のため、惑星のスペックは不明ですが、光学での分析では惑星の大気は酸素、窒素混合気体で、ハビタブルゾーンに位置するため水が存在します。サー・マチネクの計算した人間の居住可能性は98%です。救命ボートが該当惑星に到達するには102日を要します。
! 巡洋艦マチネクから反物質リアクターユニットが射出されました」
サー・マチネクはミッションを成功させたようだ。だが反物質リアクターユニットを安全圏まで飛ばせるだろうか。巡洋艦マチネクの生存は私の生存に直結する。巡洋艦マチネクの生存を祈らずにはいられない。
デイ「反物質リアクターユニットの爆発を確認しました。
救命ボートの外部センサー群にダメージ発生。遠距離センサー途絶。近距離センサー途絶。光学センサー途絶。軍事リンク途絶。マルチコミュニケーター途絶。機体監視センサー途絶。
59秒後に衝撃波が来ます。乗員シートから出ないで下さい。衝撃波到達まで51、50、49・・・・」
私には待つことしかできなかった。救命ボートには宇宙線シールドが施されている。爆発で発生する放射線には耐えることができるだろう。ただ、爆発で発生するデブリと衝突した場合、救命ボートは助からない。
デイが衝撃波到達のカウントダウンゼロを読み上げた時、船体が微かに揺れだす。宇宙では音は伝わらないのだが、ヒューと風切り音が聞こえる。爆発で発生した高速の分子が船体をかすめ、船体を揺らすことで、この音は発生する。船外確認窓から外を見ると船体は淡い光に包まれていた。
船体の揺れと風切り音は5分程続いたが、今は収まり、船内は静寂に包まれている。
『デイ、救命ボートの被害状況を報告せよ』
デイ「船体損傷無し、船外センサー群および通信機器は全損、船内被害なし、生命維持機器の被害なし」
『サー・マチネクへリンク』
デイ「不能、船外の軍事リンクユニット故障」
『巡洋艦マチネクを捕捉』
デイ「不能、船外の遠距離センサー故障」
『巡洋艦マチネクは無事だろうか?デイの意見が聞きたい』
デイ「反物質リアクターユニットは射出後、14秒で爆発しました。サー・マチネクの計算では反物質リアクターユニット射出後、10秒以内の爆発では巡洋艦マチネクの残存確率0%。15秒では5%となっています。サー・マチネクの計算を信じるならば、巡洋艦マチネクの残存確率は3.5%ほどです。たとえ残存していたとしても修復には膨大な時間が掛ります。時間を掛け修復しても100%の状態には戻らない可能性があります」
私が搭乗する救命ボートが巡洋艦マチネクに再回収される可能性はほぼ無くなったと言っていい。私が生き残るための選択肢がどんどん狭まっていく。現在の選択肢は2つしかない。1つは救命ボートに留まり、長期冬眠する選択肢。もう1つはアース型惑星に避難し、サバイバルする選択肢。どちらを選択するにせよ、私の生存確率は低いのだが、私には長期冬眠する選択肢はない。上手く言葉にできないが、この選択は嫌いだ。私の感情がこの選択肢を拒否する。残る選択肢はアース型惑星でのサバイバル生活か、この選択は悪くない。ミドルスクール時代にはオープンワールド型サバイバルゲームにハマっていた。ゲームでは死に戻りが当たり前であった。無謀な選択で何度死んだことか。でも楽しかった。夢中になり、夜中までやったため、寝不足になっていた。その寝不足を授業時間で解消していたことを思い出す。
軍の大規模軍事物資輸送船団が遭難したのだ。軍本部も捜索を開始するだろう。生きてさえいれば救助される可能性は十分ある。
もう一度、昔楽しんだオープンワールド型サバイバルゲームを楽しもう。楽しみながら救助を待つことができるのだ。この状況はラッキーなのでは、そう思えて来た。
なんだかやる気が出てきた。私はデイと救命ボートAIの3人で自分のサバイバル計画を作成した。
アース型惑星への航行日数は102日を要する。ただ、救命ボートには私が102日生活する物資が、酸素や水を含め搭載されていない。このままでは救命ボートがアース型惑星に到達する前に私は窒息死してしまう。この資源不足は簡易冬眠で乗り切ることにした。100日を簡易冬眠すれば、資源枯渇で死ぬことは無くなる。ただ、簡易冬眠は冬眠から起きられないことが希に発生する。危険であるがこれしか選択肢がない。
もう一つの問題点は壊れてしまった外部センサー類だ。光学センサーが壊れた状態ではアース型惑星への航行の補正が行えないため、アース型惑星に到達できない。予備部品もないため、光学センサーの修理は断念した。救命ボートには船外活動ドローンが1機搭載されている。ドローンには目の役目をする光学センサーが搭載されている。ドローンの光学センサーで代用することにした。救命ボートのセンサーと比べて性能は大幅に劣るが航行の補正には十分であった。他のセンサー類の修理は諦めた。
『デイ、やり残した課題は無いかな?、無ければ眠りにつく』
デイ「ありません」
私は乗員シートに横たわる。そして身体センサーを体に刺し、テープで固定した。
『では簡易冬眠に入る』
デイ「簡易冬眠シーケンスを実行します」
身体センサーから冬眠薬が注入される。冬眠薬が効き私は眠ってしまった。
更新は週2回を予定しています。
木曜の00:00
月曜の00:00
全50話の予定です。楽しんでいただければ幸いです。