第17話 洞窟の二人
その間に私は火打ち石に使えそうな硬質の石を拾う。その後凝った意匠剣を不器用に握りながら、切っ先で木をばらし、火口を作った。
「こんなものでいいか?」
ガリアが両手に枯れ木を抱えて戻ってきた。
「はい、ありがとうございます」
礼を言って枯れ木をタワー状に組み、火口を中心においた。ガリアの剣を抱えるように持ち、反対側の手で火打ち石を構える。
「剣がなまくらになっても、怒らないでくださいね」
「おい、何を?」
ギャリリッ。
火打ち石で剣の刃を擦ると嫌な音がした。
ギャリリッ、ギャリッ、ギャリリッ!
何度か繰り返すと、石で擦るたびに火花が散り始めた。
あと少し。
火花が火口に落ちる。慌てて剣を置き、息を吹きかけた。
ボッ。
火口に火が燃え移り、徐々に大きくなっていく。
ふー、これでひとまずは大丈夫だろう。
「アリア……こんな事ができるなんて初めて聞いたぞ。どこで覚えたんだ?」
「それは、あー、乙女の秘密ってやつです」
前世でディス◯バリーチャンネルを観て覚えたなんてとてもじゃないが言えない。
そのまましばし火にあたっていたのだが、不意に目まいとともに動機がしてきた。グツグツと血が煮えるような感覚もある。
口元を抑え、よろよろと火から離れる。
「? どうしたんだ」
ガリアが訝しげに尋ねる。
「申し訳……ありません。火を見ると、少々その、昔にあった嫌なことを思い出してしまって」
洞窟の壁にもたれかかったが。目がチカチカする。
挙動不審な私に呆れたのか、ガリアは洞窟から出ていった。
不意に耳元に姉の声が聞こえる。
『だからね、あんたがいなくなれば全部解決なんだって。そのイヌと一緒なら寂しくないでしょ』
ガサガサッ。
大きな音が思考を遮った。
目を開くと、ガリアが巨大な木の枝を三本持って洞窟に戻ってきたところだった。
「なんだか分からんが、火を見るのが嫌なんだろう」
手際こそ良いとは言えなかったが、十分ほどで簡易的な物干し竿のようなものを洞窟に作った。そこに二人の濡れた服を掛けると、ちょうどよいカーテンが出来上がった。
「これなら服も乾かせるし、一石二鳥だな」
二人分の服で遮られた反対側で、私は弱々しく笑みを浮かべた。
パチパチと枯れ木の爆ぜる音がする。
洞窟全体が温まり、服も徐々に乾いてきた。
「婚約破棄をしたのは……クロードナイト伯の辺境軍のためですか?」
ふと、疑問が私の口をついてでた。
メイドのシルフィと何度も話し合ってたどり着いた結論だ。
「……そうだな、もちろん俺はミンを愛しているが……やはり辺境軍が一番の要因だ」
カーテンの向こうから返答があった。いつもの気が高ぶったような声ではなく、不思議と落ち着いた声だった。
「父上……現国王陛下は息子の俺から見ても良く国を治めている。税収は安定しているし、地方に反乱の兆しも見られない。五十年近く続いた東方諸国との国境線のゴタゴタにケリを付けたことも、貴族たちの間では非情に高く評価されてる」
枯れ枝を折る音が聞こえた。
「俺は、そんな人の次に国王にならなくてはいけない。」
「それで、辺境軍ですか」
踏みにじられた私の地位と名誉を別とすれば、悪い選択肢ではない。辺境伯が姻族になれば、北部全体がガリアの支配下となるといっても過言ではなく、それは封建制をとる我が国の安定にも寄与するだろう。
「ふん、お前にしてみれば、今すぐにでもこのカーテンを引き裂いて俺を殴りつけたい気持ちだろうがな」
まあ多少はそう思っている。いやほんと、燃え盛る焚き火がなかったらね。
「だが、婚約破棄のときに言ったことも事実だ。去年までのお前の凶状の数々は社交界において大きなマイナスとなっている」
それもその通り。
まったく、前世を思い出すまでの私はどうしてああも憎悪に満ちて冷酷だったんだろうねえ。今となってはその時の気持ちを全く思い出せない。
「そうして俺は自分の意志で婚約者を選び、お前はグランドレスに乗ることを選んだわけだ。あれも本当は、俺が乗るはずだった……」
そういえば司令室でそんなこと言ってたな。
「もっとも、その事はいい。今はな。……アリア、元婚約者として言っておく。自分の身が可愛いのならば、父上を、カニンガス国王をあまり信用しすぎるな」
「それは、どういうこと? さっき陛下は名君だって」
あ、敬語。まあいっか。
「ああ言った。あの人は国のために尽力してきた……今まではな。私見だが、巨大魔獣が現れてからの父上は何か急いでいるように見える。もとより父上にとってはお前も……俺やジャンも駒にすぎない。それはいい。国を運営するとはそう言うことだからな。だが問題は、父上にとって俺たちの住むこの国そのものも、なにか巨大なことを成すためのチップに過ぎないんじゃないか、最近そう思えて仕方がない」
もともと饒舌とは言えなかった王様だけど、巨大魔獣が現れてからはことのほか秘密主義だもんね。ガリアが不審を抱く気持ちも分かる。
もっとも、国をチップにして何かをやろうとしているっていうのが私にはピンとこないが。王様が自分の世継ぎよりも、国よりも大事にするものって何だろう?
「それともう一人。シリウスにも気をつけろ」
「シリウス? 騎士団長の?」
意外な名前だった。優男の顔に屈強な体つきの騎士団長を思い浮かべる。女たらし(とのうわさがある)のシリウスは秘め事や陰謀とはもっとも縁遠い存在かと思っていた。
「あの男は父上の懐刀だ。剣の腕だけじゃなく頭も相当切れる。父上は俺やジャンにも、あるいは宰相のグラウスにも言えないことをシリウスに相談し……時には非常な決断をも実行しているようだ」
「王の肋骨……」
「! 知っていたのか?」
宮廷内部、外から見えない部分にある暗部の名だ。彼らは人知れず過酷な訓練を受け、超人的な力を身につけるという。諜報と防諜、誘拐に拷問、時には暗殺。王家の後ろ暗い仕事の一切を取り仕切っている。
「ちょっとね、知り合いから教えてもらった」
シルフィの育ての親は元王の肋骨だったと彼女から聞いた。
ああシルフィ。私が遭難したって聞いたらあの子は心配するだろうか。案外『アリア様なら大丈夫ですよ。悪運強いですから』なんて言うかしら。
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