第16話 崖の下で
疲れた。心臓がまだバクバク言っている。強いストレスにさらされていたためか、口の中がカラカラで、訳も分からず涙が一筋こぼれた。
『お疲れさまです。機体はその場においておけば、特命事業団が回収に行きますので』
「そう……ねえニーファ」
ふと疑問が胸にわいた。
「私は何体魔獣を倒せばいいの?」
『…………』
銀髪のオペレーターから答えはなかった。
腕の痛みはいつしか引いていた。
コックピットから延びる梯子を伝って荒野へと降り立つ。しかしこれ、下に人がいたら足とかスカートの中とか丸見えじゃないかしら。
馬の足音とともに、ガリア、ジャンほかいつもの面々と騎士団員が数名やってきた。
ガリアはいかにも面白くなさそうな顔をしている。
シリウスが前にでた。
「アリア様、ご無事でなにより。それに、巨大魔獣の討伐、お見事でございます」
ミンは口を開けてヒレジカの巨大な死体を見ている。
「大きいですわねえ、これでお肉が食べられましたら、冬への備えもぐっと楽になりますのに」
魔獣の肉は食べられない。死後すぐにぐずぐずに腐ってしまう上、毒があるからだ。
ミンの実家、クロードナイト辺境拍の治める王国北部の冬は厳しく、中部や東部の作物がなければ餓死者を出すほどだという。
一方で北部は屈強な兵士が揃っており、山を越えてくる大型の(もちろん巨大魔獣ほどではないが)魔獣を騎士団の力抜きに狩ってしまう。
そんなことを考えていたためか、自分の足元に亀裂が走っていることに気づくのが一拍遅れた。
ここは崖の上。ついさっきまでロボットと大型魔獣が命をかけて争っていた場所。当然地面もその影響が──
「おいっ!」
ガリア王太子が私に手を伸ばした。
『危ないぞ』と言おうとしたのか、『掴まれ』と言おうとしたのかそれは分からない。しゃにむに手を伸ばし、彼の手を掴んだ。
しかし、地面の亀裂は大きく広がり、ガリアの足元までも裂けていった。手を掴まれているため飛び退くことのできない彼も、私とともに、落ちる……
下は川。少なくとも岩や地面に叩きつけられて死ぬことは……
…………
…………
「……リア、アリア……アリア・サファリナ!」
誰かが名前を呼んでいる。それは私の名前じゃない。佐々木千尋じゃない。
でも起きなきゃ。グズグズしているとまた父と母にどやされる。それに姉にもネチネチ言われてしまう。起きて、イヌのクロにもご飯をあげなきゃ。
起きて……。
目を開けると岩石がむき出しのゴツゴツした天井が目に入った。いや、天井だけじゃない、背中に当たるのは普段のふかふかしたベッドとはまるで違う固くこわばり、石と砂利がまざったむき出しの地面だ。
こわばった体をほぐしながら身を起こす。
川から引き上げられてあまり時間が立っていないのだろう、ドレスはびしょびしょに濡れたまま乾いた様子がない。
周囲を見渡すと、ガリア王太子がやはり濡れた狩猟用の服を着たままこちらに背中を見せていた。拾った木の山に石をこすりつけている。どうやら彼は火をつけようとしているようだ。
「起きたか」
父親である国王はやすりで削ったような重苦しい声だが、ガリアの声は少ししゃがれてはいるものの若々しさがずっと前面に出ている。
「下男のマネをして焚き火を作ろうとしてみたが……うまくいかないな」
「ガリア様が、私を助けてくださったんですか?」
「ああ。水に落ちた衝撃で意識を失っていたようだったからな。引き上げてそこに寝かせておいた。何だその顔は。元婚約者だろうがなんだろうが、目の前で死にそうな人間を見捨てるほど俺は薄情に見えたか」
正直言うとそういうタイプだと思っていた。
「命を救っていただき、ありがとうございます」
「ふん」
王太子は返事をするとまた石をこすりつける作業に戻った。
「…………」
シュル、ビチャビチャ
水で濡れたドレスを脱ぎ、インナーになる。その下にさらに下着を着ているので、前世的にはセーフの格好だ。こっち的には少し過激かもしれないけど。
「な、何をしている!?」
「いくら晩夏とはいえ、濡れた上着を着続けているのは体が冷えて危険です。ガリア様も脱いだほうがいいですよ」
「そ、そうなのか? そうか、わ、分かった」
案外と素直に彼は上を脱いで素肌を見せた。
鍛えられたたくましい上半身。
もしもあのまま結婚していたら……いやいや何を考えているんだ私は、この非常時に。だいたいこいつは私を捨てた男だぞ。
王太子の横に座り、燃えやすい木と燃えにくい木をより分ける。
「生木には火がつきにくいです。お腰の剣を貸していただけますか?」
「剣? 何に使うんだ」
「火付けに使います。少々心当たりがありますので。その代わり、ガリア様は枯れ木を集めてきていただ
ければと思います」
「……」
ガリアは少し黙ると鞘から剣を引き抜き、柄を渡しに向けた。
「それで、枯れ木か? まさかこの俺がそんなことをする日が来るとはな」
文句を言いつつも、若き王太子は洞窟の外へ向かっていった。
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