第15話 ヒレジカ③
モニターの向こうでニーファは横を向くとそこに控えていた重鎧エンジニアに指示を出す。
『フィードバックもっと下げられない?』
『そうすると機体全体のパフォーマンスまで落ちてしまいますがよろしいですか?』
『でもそうするしか』
『ならん』
ヤスリがけしたような重苦しい声がモニター越しに聞こえる。
『グランドレスは現在の反応速度でもヒレジカの攻撃に対しギリギリしのいでいる状況だ。これ以上フィードバックを落とせば、次は受けることすらできぬ』
『……ですって』
国王の命令を聞いたニーファは銀髪の髪をかきあげた。
『箱入りのご令嬢にこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、ここは一つ、根性で、耐えてください。さあ立ち上がって』
「ニーファ、あんた覚えて起きなさい」
怒りでアドレナリンが出たのか、痛みが若干和らぐ。ハルバードの矛先を地面に突き刺し、支えにして指示通り機体を立ち上がらせた。
「魔獣騒動が落ち着いたら、絶対うちのお茶会に招待してしばきあげてやるからね」
『その時までお互いの首が付いていたら、喜んでご招待をお受けしましょう。貿易の大家と名高いサファリナ伯爵家のお茶菓子がどんなものか、今から楽しみですよ』
あえて軽口を叩くことで、この下級貴族の騎士団副団長は私がリラックスすることを狙っているようだ。
分かっている。先ほどは戦いを終わらせられると思い、前のめりになり知らず知らず動きが固くなっていた。
見るとはなしに全体を見ろ。
左腕はまだ痛む。だがやはり幻痛なのか、その痛みは徐々に小さくなっていく。
前方にはヒレジカ。大きな二つの角をこちらに向け、四つ目で私を睨んでいる。
左右には森が広がるが、背後は崖になっている。
次に吹き飛ばされたらやっかいなことになりそうだ。
逆にあいつを崖下に落とすのはどうだろう?
だめだ、巨大魔獣の頑丈さを考えると、どれくらい高いか分からないけど崖から落とした程度で死ぬとは限らない。
ヒレジカは尾ビレをバサリと動かすと前傾姿勢になった。仕掛けてきそうだ。
こいつを倒すにはどうしたらいいか。
まずは……
『まずは、先ほど消えた謎を探る必要がありそうです』
気が合うね。
ガンマンの早打ちの様に、私は右腕を巨大雄鹿に構えた。
「バリスタランチャー!」
後ろ足を怪我したヒレジカは俊敏に反応した。背ビレを振るわせると、その姿を、消す。
『敵反応以前消えていません。下です、アリア様! 敵は下にいます!』
地面の上に鮫の背ビレのように、ヒレジカの背ビレが見える。それは速い動きで右に左に蛇行をしながら、グランドレスに近づいてきていた。
なるほど、これが先ほど背後に現れた謎の答えか。
どう迎え撃つか。
『そのまま崖を背にすれば、出現位置を左右に限定できます』
「いいえ、もっといい場所がある」
私は地面に刺さったままのハルバードを引き抜くと背中に収納した。
ガシン、ガシン、ガシン
森を踏みつけグランドレスを走らせる。
背ビレだけを出して地中を進むヒレジカは速かったが、魔晶石をバーストさせて進む私にはかなわない。
そのまま森の切れ目に着くと、地中を進む巨大魔獣を振り返った。
背後は荒野。左手には崖。右手は道になっており、進んでいけばガリアたちのいる天幕がある。
右足を前にしてスタンスを取り、右手を左腕の脇の下に隠すように構える。
「来い、来い、来い…………」
恐ろしいスピードで背ビレが私の横を通り過ぎた。
まだ。
まだ。
まだ。
『「今!」』
ニーファと私の声が重なった。
ドスドスドスドス!
右手のバリスタランチャーが背後に発射される。
「ギィイイイイイイアアアアアアアアアア!!」
魔獣の絶叫が森と荒野に響く。
放たれた矢は狙い過たず、後ろから襲おうとしていたヒレジカの顔に刺さっていた。四つ目のうち一つが潰れている。
片側を崖で制限しておけば、こいつは必ず先ほど攻撃が成功した背後から来るだろう、その読みは的中した。
ドブンッ。
巨大魔獣が三度地下へと逃げようとした。
「お逃げじゃないよ三下ァ!」
地中に右手をつっこみ、手の感触を頼りに鹿の角を掴んだ。そのままグランドレスの膂力に任せてヒレジカを地面の下から引きずり出す。
「アギィィィィィイイ!」
バリスタの矢が三本刺さった間抜け面が顔を出して抗議した。
鹿の反対側の角を押さえた。
こっちはトルクが落ちているとニーシャが言っていた。
つまり?
つまり、この鹿の角を使えなくするには、左手は突っ張って、右手を動かせばいい。
「おおぉおおおおおおお!!」
「キィィィイイイイイイイ!」
ペキ、ペキ、バギンッ!
白い角をヒレジカの頭から引き剥がす。黒い血が止めどなく出てきて原野を汚した。
巨大魔獣のつぶれかけた四つの目が初めて憎悪と愉悦以外の色を見せた。
恐怖だ。
そうだ、もっと恐れろ。
恐慌状態の雄鹿は前足を乱暴に蹴り上げた。私は冷静に下がってそれを避ける。
ハルバードを展開した。
剣を持たない民衆は、そして騎士団の騎士さえも、魔獣を恐れる。
奴らは得体が知れない。
民衆だろうが騎士団員だろうが、目に付いた彼らに牙や爪を突き立てる、恐れを知らない人類の敵。
その魔獣が唯一恐れるのが、このグランドレスなのだ。
どんな魔獣であれ、首や心臓に刃を突き立てられ黒い血を流しきり、命果てるその最後の瞬間まで人間を殺そうとする。
ヒレジカも例外ではなかった。
もう地中へ消える技も使えなくなったのだろう。おぞましい悲鳴を上げつつ、歯を剥いて迫ってきた。
「グラァァン、ハルバァァァドォォオオ!」
矛斧が迎え撃つ。
巨大魔獣の首を根本から切り落とした。
半壊した頭は地面に落ち、恨みがましい目でグランドレスを見上げていた。
武器を構えたまま残心をとる。
魔獣は得体が知れない。頭が二個あるとか、首から下だけでも元気に動けるとかそういうこともあるかもしれない。
『目標の反応消失。ヒレジカ、死亡を確認しました』
ニーシャがそう言うのを聞いて、ようやくハルバードを背後に戻した。
大きく息を吐く。
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