第14話 ヒレジカ②
ヒレジカもグランドレスを敵として認識したようだ。低木を踏みつぶし左右に動きながらジリジリと距離を詰めてくる。
「相手が何をしてくるか分からないってのもいやなものね」
『大丈夫、牽制にぴったりの新しい武装があります。ドレスの右腕を相手向けてください』
言われたとおりにすると、巨大な弓のようなものが装着されているのが見える。引き絞られた弦には、成人男性よりも巨大なサイズの矢が装填されている。
「これは、バリスタ?」
「はい。技術部自慢の新兵器で、連射可能。不要なときは取り外しできます」
「なるほど。それじゃあ、始めましょうか」
左手を添え、右腕に力を込める。
「バリスタランチャーッ!」
ドスドスドスッ!
太い矢がいくつも飛び交い、ヒレジカに襲いかかる。
大鹿から生まれた巨大魔獣はサイドにステップを踏んで矢をかわす。だが……
ドスッ!
一拍遅れて放った矢が黒い獣の後ろ足に突き刺さった。
「ギィエエエエエエエエン!!」
見た目よりダメージが大きいのか、あるいは意表を突かれた悔しさなのか、ヒレジカは天を仰ぎ絶叫した。
『アリア・サファリナ』
ニーアのものとは全く異なる、やすりがけしたような重苦しい声が聞こえた。
「はい、閣下」
『ヒレジカは激しく動き回る。そのままバリスタで牽制し、貴族たちから距離を取れ』
さすが国王。今日初めての武装を手にした者になかなかの難題をふっかけてくれる。
でもやるしかない。
手に直結しているためだろう、ランチャーから放たれる矢はおおむね私の想定通りの場所に飛んでいった。
そのまま足下に矢を打ち込み、敵を動かし、王子たちから戦場を離していく。
ヒレジカの後方、草原の切れ目に崖が見える。ここなら敵の動きを多少は制限できそうだ。
「ねえニーファ、こいつらに感情ってあると思う?」
『……魔獣に感情があるかについては、研究者や教会の間でも意見は分かれています。何度か魔獣と対峙したわたし個人の感想としては、少なくとも喜びや怒りと言った単純な感情は、あるんじゃないかと思います』
「そうね、私も同じ意見。だってこいつ……私を、グランドレスを、憎んでる」
魔獣が血走った四つの目を私に向ける。牙の生えた口を開いた。
来る!
ドガッドガッドガッ。
地面をえぐりながら巨大な雄鹿の化け物が突進してきた。角の攻撃か?
「後ろ足に注意してください!」
ヒレジカは私の目の前で向きを変えた。
両方の後ろ足による痛烈な蹴り上げ!
かろうじて左右の腕でガードする。衝撃で機体が何メートルか後退した。
グランとエンゲージしている私の腕がジンジンとしびれた。誰かに蹴られたことなど初めてだ。少なくとも今世では。
『次、来ます!』
同じく後ろ足による攻撃。
だが今回は相手が左右の足のタイミングをずらしたため、片方がグランドレスの腹部に命中した。
「ぐぅぅっ」
息が止まる。痛い。
技術者の説明によるとフィードバックは実際にグランが受けた衝撃からは何割も差し引かれているとの話だが、そいつはこの痛みを受けたことがないのだろう。
『大丈夫ですか?』
「いけ、る」
巨大魔獣は私の周りをぐるぐると走って隙を狙う。
ヒレジカの顔がちらりと見えた。笑ってやがる。
「ニーア、どう動けばいい?」
『敵はおそらく次もまた同じ攻撃をしてきます』
今うまくいったからね。
『後ろに下がっては思うつぼ。前に活路を見いだしてください』
魔獣が再度私の前に接近した。不意に視界が暗くなる。
「え?」
『尾鰭です。すぐに足が来ます!』
前に活路を。
それは視界がきかなくても変わらない。左斜め前に足を踏み出す。
激しい風圧がグランドレスの横を吹き抜けるのを身体で感じた。
ヒレジカの筋肉質な後ろ足めがけ手を伸ばす。
グランドレスの手が先ほど刺したバリスタの矢をつかんだ。目が見えなくても手の感触で分かる。
ギ、ギ、ギ、ギ……
深く突き刺さった矢を無理矢理動かし、巨大魔獣の皮を、肉を、引き裂いていく。
「ギャエアァァアアアアアアア!!!!」
ヒレジカが苦痛に満ちた悲鳴を上げる。ざまあみろ。
ビキンッ。
骨に食い込み矢が折れた。
鹿の化け物は死にものぐるいで身体を左右に振り、グランドレスを突き飛ばした。
機体は十メートルほど吹き飛び、森の木々の上にしりもちを付いたが、損傷はなし。一方巨大魔獣は憎しみのこもった四つの目でこちらを睨んでいるものの、左足を引きずっている。
痛々しい、などとは思わない。令嬢を足蹴にした報いだ。
背中からハルバードを引き抜いて展開した。銀色の矛先がギラリと光る。
振りかぶる。敵ヒレジカは上に飛ぶことなし、横に跳ぶことなし。
仕留めた。
「その首もらったあ! グラァァアンハルバァァド──え!?」
手応えがない。
どころか、巨大魔獣は一瞬でその姿を眼前から消していた。
「消えた……どこ?」
『魔晶石の高エネルギー反応確認! アリアさん、後ろです!』
グランドレスが振り返るのと、大鹿の怪物が白い巨大な角で私を突き上げるのは同時だった。
「きゃぁぁあああ!」
グランドレスは百メートル以上吹き飛び、木々を大量に引き倒してようやく止まった。
「腕が、腕がもげた!」
ニーファの合図でかろうじて腕を折り畳んで胸に引きつけていたため、胸に大穴を開けられることは避けられた。しかし代わりに腕の骨をノミとハンマーで直接叩かれたような痛みと衝撃を感じていた。
『落ち着いてください。腕は付いています。あなたのも、グランドレスのも。ただし左腕は駆動系にダメージ、トルクが落ちています』
オペレーターが叫ぶように言った。
腕が付いている?
息が止まるような激痛の中、自身の腕を見た。
確かにグランドレスの左腕には大穴が空いて中の配線が見えていたが、そこにある。
視線を切り替えてコクピット内の本物の腕を見た。自前のほっそりした腕も無事だ。
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